一章 造神22
「結構前からここに住み着いているじいさん。よく差し入れとか持ってきてやっているんだ」
「ほ、ほ。随分と生意気になったのぅ、若造が」
老人は、煙を吐き出しながら笑う。
「そうでしたか」
ツズファは、口元にやや柔らかい笑みを浮かべ、老人に向き直る。
「初めまして、ツズファと申します」
帽子を軽く持ち上げての挨拶。その仕草に老人は目を細めて微笑む。
「随分礼儀正しいのぉ、イザーナ」
イザーナのほうへ、顔を戻す。そして笑みを浮かべたまま、言った。
「お前の導き手とは思えんわ」
イザーナの笑みが凍りついた。
その隣のツズファは、変わらない笑みを浮かべたまま口を開いた。
「やはりあなたも神でしたか。どういった使命で?」
老人は、煙を吐き出しつつ、答える。
「何、簡単なことじゃ。ここにいることだけが、わしの使命じゃからのぉ。退屈じゃが、ここにはよく人が来る。まだマシなほうじゃ」
「そうですか。こちらは人助けですよ」
「それは大変じゃのぉ。じゃが、導き手がいるのじゃ。苦悩はするじゃろうが、退屈はせんじゃろう」
まるで普通の世間話をしているかのような二人の口ぶり。イザーナはそれをどこか遠い国の言葉のように聞いていた。
「ところで……あなたの導き手はどうしました? どんな使命でも導き手はいるはずですが」
ツズファがそう尋ねると、老人はニヤリと笑い、そして自らを覆う毛布を一気にめくり上げた。
それが何か、確認したとき、ツズファの顔が不快に彩られた。
そこには灰色の肉の塊があった。蝿や蛆がたかり、異臭を放っている。
「……これまた酷いことをしましたね」
その反応に、老人は先程と変わらない、柔らかい笑みをこぼす。
「わしも狂っておったよ。導き手はコイツ一人じゃったから、もう死ぬことが出来ない」
「……生前もこんなことを?」
老人は毛布を戻し、短くなった煙草を指でもみ消す。
「後悔はしておらん。この先苦しもうとも、絶望に嘆こうとも、わしは後悔せんよ……」
そう言って、イザーナのほうへ視線を戻す。
「イザーナ、頑張りなさい。たとえ何があろうと、導き手だけは殺してはならん。わしが言えるのはそれぐらいじゃ」
未だに――信じられないといった表情で、彼は老人を見ていた。
「さぁ、行きましょうか。もう時間がありません」
ツズファはイザーナの腕を取り、路地の外へ足を運ぶ。
「そんな……神……じじいも……」
イザーナは呆然とそう呟いていた。
「イザーナ殿」
ツズファはため息を吐きつつ、口を開く。
「早くしませんと、あなたの望みどおり死ぬことが出来なくなりますよ?」
イザーナはうつろな目でツズファを見上げる。
「……神って何なんだ?」
「それはあなたであり、あの老人でもあります」
ツズファの答えは答えになっていなかった。