三章 導神⑯
「奇跡的に彼女は助かった。だが子供はその時に流れちまったらしい。そして病院のベッドの上で彼女はやっと、男が自分を愛していないと分かったのさ」
イザーナは再び窓の外に顔を向ける。
「もう家には帰りたくないと――彼女は病院を抜け出し、そしてこの地に流れてきた」
「過去は分かりましたが……何故彼女は人を殺すのですか?」
ツズファの言葉に、イザーナは顔をそちらに向ける。
「それが彼女の新しい愛の形だよ」
煙を吐き、次の方向を指示する。
「酷い裏切りを受けたのに――彼女はそれでも愛を求め続けた。ただ相手のためだけに、相手が望む自分でありたい……。だが、今度は自分が――相手を支配するほうだ。相手にされるがままじゃない。自分が望むものを相手が望むべきだ。相手が拒むのであれば……今度は自分が崖から突き落とす番だ。それが、彼女の心。彼女の愛。それが――彼女をあんな異常な行動に駆り立てるんだ」
そこでイザーナはいったん言葉を区切り、大きく息を吐く。
「……だが、あいつは他の男にしたようなストーカー行為を、俺にはしなかった。俺を――おこがましいと思うかもしれないが……信じてくれていたんだな。自分を助けてくれると、救ってくれると……」
イザーナは再び外に顔を向ける。
「……俺は、彼女を助けてやれなかった……。彼女は苦しんでいたんだ……自分の罪に……。誰かに、ただ一言、やめろ、と言ってほしかったんだ」
車内に沈黙が訪れる。ツズファは視線をイザーナに向け、静かに口を開く。
「ですが彼女は――人殺しです」
その冷たい一言に、イザーナは僅かに肩を震わせる。
「彼女は処罰されてしかるべき人間なのです。変な同情や願望は事実を狂わせますよ」
その言葉に、分かってるよ、とイザーナは小さく呟いた。
「ですが――そういった考え、私は好きですよ」
そう言ってツズファは軽く笑った。イザーナもそれに釣られて笑う。前方の信号が赤になり、車がゆっくりと止まる。
「……なぁ、ツズファ。よく俺のいる場所が分かったよな」
イザーナは顔を外に向けたまま、言葉を発する。
「それにたった一人で来たのか? こんな土地勘のないところに」
信号が青に変わり、車を走らせる。
「いえ、最初はスザーノと一緒でしたよ。あいつは勘が良いですから、見知らぬ土地でも、すぐにあなたを見つけられると思いまして。まぁ、途中で帰らせたのですが」
「何故?」
「それは……」
ツズファはハンドルを切りながら答える。