三章 導神⑮
降りしきる雨の中、ツズファは車を走らせていた。
「次を左だ」
助手席に座るイザーナが指示を出す。車は左折し、狭い道を通っていく。
「……何か聞きたいことがあるんじゃないか?」
無表情で運転をするツズファに、イザーナは疲れきったような目を向ける。
ツズファは何も答えず、黙々と走らせる。その様子に、イザーナは大きく鼻を鳴らし、だんまりかよ、と呟く。外に目をやり、流れる風景を眺めながら額を弄る。かすかに指の先に血が付いた。静かなエンジン音だけが鼓膜を響かせる。大きくため息を吐く。
「……次も左だ」
再び指示をし、煙草をくわえ、火を付ける。
「なぁ、ツズファ」
「……なんでしょうか?」
ツズファは顔の向きを変えず、小さい声で返す。イザーナは外を眺めたまま、ぽつぽつと語り始める。
「……彼女は――ただ普通の恋を求めていただけなんだ。ただそれが、人より少し狂っちまっただけなんだ」
窓に向かって煙を吐く。ガラスが一瞬曇る。
「彼女は学生時代に暴行を受けたらしい。それも――好きだと告白した男から、集団でな」
イザーナは、吐き気がするな、と呟く。
「だが彼女は暴行を受け入れていたらしい。そんなものでも愛してくれているんだと――彼女は思っていた」
こちらに顔を向けず、指で右を指す。ハンドルを切り、右折する。
「そしてしばらくして――彼女は身籠った。だが父親は分からなかった。集団に暴行受けたんだ。誰の子供かなんて分かるわけがない」
イザーナは突然肩を揺らして笑い出した。
「それで彼女はどうしたか。最初に告白した男に打ち明けたそうだ。そしたらどうしたと思う、その男は?」
イザーナはツズファに顔を向け、静かに言った。
「崖から突き落としたそうだ」
「…………」
ツズファは黙ったまま運転を続ける。