竜の世界にとりっぷ!
一部に、「…とりっぷ!」を書かれた方たちのキャラ名(猫世界・狼世界・豹世界・犬世界・羊世界・兎世界・鼠世界・馬世界)が書かれています。
―― ご容赦ください。
拝啓 我が愛すべきクソジジイどの
お元気でいらっしゃいますでしょうか。我が祖父どのよ。
私は…元気です。
私の両親が亡くなってから、早くも22年の年月が流れました。ひいていうのならば、私を引き取って養育を行ってくださった祖父母との生活も22年だったということですね。――― お世話になりました。
とくにおじい様には私のためというよりも、もはや貴方の趣味でしょうといいたくなるような鍛錬をよくぞつけてくださいました。おかげでこちとらの身体は女性のはずなのに、筋肉がすてきについてて、胸筋背筋上腕筋のしなやかさ、腹直筋に至っては素敵に割れてしまいました。なんですか、この6つに割れてしまったお腹。
どうして祖父と結婚しちゃったのかが私の七不思議の一つである優しいお祖母さまが「この子は女の子なのに…」と嘆きつつ、道着のほつれを縫ってくださったことは、私の大切な思い出の一つです。―――でも、ご自分の連れ添いを止めてはくださらなかったんですよね、お祖母さま。
そんな優しい祖母が先に逝かれて、もう三年。
落ち込む貴方が、開き直ったとたんに私への稽古をさらに強化した時は「このジジイだけはいつか…」と思いもしましたが。―― それでも、唯一残った家族ですもの。老後の介護はしっかりしてやろうと決心していた私です。
残念ながら、それはもう果たせないようですけども。
これからは街の人に愛されるクソジジイとして邁進しつつ、ボケた後には周りの方に迷惑をかけないように老後をお過ごしくださいませ。
第一から第八までいる貴方の彼女たちと、数多いる弟子たちにはよろしくお伝えください。
ちなみに、養子にとるなら両貰いがお勧めですよ。師範代のあたりにいいのがいらっしゃってたはずです、脅さない程度に打診しちゃってください。奴なら落ちます、たぶん。
それでは、異世界にてデッキブラシを抱えつつ、さようならですマイグランパ!
佳永
ああ。
「今日も空が青い…」
瞼に染みる美しい異世界の空に、なぜかため息が漏れました。
私がなぜ、このような異世界でこんなため息をついているのかといいますと、特に深い意味はないのです。ええ、事は単純、次第も単純。
単純に、私の身体能力と運が悪かった。それだけです。
本職が我が家の手伝い(という名の武道館師範代行)である私ですが、御町内のプール掃除というボランティアの最中のことでありました。
元気な子供たちが、塩素の匂いのする柔らかな髪の毛をなびかせながら帰るのを見届けた後、備品であるデッキブラシを片手にプール周りを掃除しておりました。
ええ、棒術もこなす我が道場です。デッキブラシといえども駆使するのは私も得意です。
さっさかさと掃除をして、今日の食事当番の作った夕御飯を食べに帰ろうともくろんでおりました。
「そーれ!!」
と掛け声かけつつデッキブラシで床を磨きつつ走り出したのですが、なぜか異世界へ落ちました。
ええ、何故か。
「……勢いよく滑ったにしては、ここはどこだ」
呆然と呟いた私は間違ってない。間違ってない。
プールの備品であるデッキブラシには、我が町内会のサイン入り。
目の前には、大中小の蛇の群れ。
蠢く鱗に、赤い舌がシュッシュッと前後しております。ちらりと見える牙のようなものは見間違いじゃないはず。――― 蛇毒はいらねえんだぜえええええええ!!!
まとわりついてくる蛇たちに、デッキブラシ片手に応戦してしまった自分は人として間違っていない。
そんな自分の脳裏の裏では、プールの中を一生懸命に泳いでいたミニ蛇をデッキブラシで掬いあげて草むらに放してやったことが何故か思い出されていました。
「――あのときのカナは怖かったよな」
「ああ、殺気が痛いくらいで。聞いてる“落人”とは全然違うなあとか思った」
しかも、容赦ないし。
仕事仲間のトールとレイヤが笑っています。
あの場にいた二人は嫌味のつもりはないようですが、聞いてるこちらはいたたまれません。すいません。
「蛇の身体の方だと、人形のときよりも怪我しにくいはずなのにさ、なんかすげえ痛かったしな」
「俺なんか、一か月痛み残ってたぜ―」
あんなの初めてだった―。
ははははは、と笑う仕事仲間。
すいません、すいません、透明な力と呼ばれる秘技まで駆使しておりました。本当にすいません。
「俺はアレで惚れたね」
「俺も―」
「「アニキ! と呼びたくなったよ」」
すいません、すいません、私女です、本当にすいません。
ていうか、――― あんたら本気で嫌味じゃないんだろうな、これ。
毎日聞かされる友人たちの会話に、いらっときたのは本当です。
叩きのめして、蛇たちを戦闘不能にした後のことでした。
「――― これは面白い」
振り向いたところで、素晴らしい美形がいました。
ブルーブラックの髪の青年は、見たところ私と同じ年頃でしょうか。20代後半くらい。
黒々とした瞳のなかには好奇と興味。
「私がおまえを保護しよう」
ぐっと掴んできた掌には、執拗なまでの渾身の力が込められておりました。
現在のご主人様になったその人は爬虫類の男。―――竜族のリアディでした。
聞いた話では、この世界は人に転化できる動物たちの世界だとか。
上位種である虎族や竜族の方々は、異世界から落ちてくる人間たち――“落人”を保護する義務までもを担っていらっしゃるとかどうとか。
この世界にも社会に奉仕するという貴族の美学はあったのですね。素敵です。
おかげで私も立派に生活していけています。ありがとう、ご主人さま。
このごろは数日のわずかな間に私のいた世界からの“落人”が連続しているとか。
虎族のラヴィッシュさま宅のリンさんはじめ、狼族のバリデスさま宅のナミさん、豹族のカークさま宅のリナさん、羊族のノルディさん宅の芽衣さん、犬族のレヴィアンさん宅のななさん、兎族のルイさん宅のユーナさん、鼠族のジェラ―ルさま宅の百合さん、馬族のディディエスさん宅の雪乃さん。
―――みなさん、元気すぎます。可愛すぎてハグしようとしたら目線で停められてしまったじゃないですか。どちらの御主人さまも、嫉妬深いことこのうえないです。
出張派遣仕事のあいまで各国々へお邪魔した時のことを思い出すと、ため息がもれます。
蛇は嫌いではありませんよ、私も。
そのひび割れたような鱗の硬質さ、触った時のなんともいえないサラサラ感、前後に一生懸命ちろちろとしている二つに割れた赤い舌も嫌いじゃありません。むしろ、好きです。
動物園で鎮座している蛇の姿をみて、拝んだことは何度あったか。
だがしかし。
だれもこんな命がけの職につきたいと言った覚えはありませんよ、ご主人様。
「今日の仕事は、大老のチェイサ様だ。――報酬は十二分。仕事に励めよ!」
いえっさ―。
返事はこれしか許されていません、だって仕事ですもの。
私が手に持ったのは、一緒に異世界にやってきた故郷のデッキブラシ。
しっかりと握りしめます。
「――カナ、帰ったら俺のところにこいよー」
ご主人様であるリアディさまは、いい笑顔で仰います。
「リアディさま。私はお仕事が終わったらゆっくりとお風呂にはいって、酒を飲んで寝たいんですが」
体力仕事をこなしたあとに、守銭奴のご主人様のお守りまでやる気はありません。
ちなみに、私は成人ですので飲酒はOKです。――法は破ってません。
お屋敷に住み込みのお仕事ですので、御主人さまのお部屋にて無料マッサージをさせられるのか、金を数える手伝いをさせられるのか解りませんけど、そんなことまでやってられませんよ、こちとら。
「―――いい酒、用意しておいてやるから」
「仕方ありませんね、帰ってお風呂をすませてから手伝いにいってあげましょう」
提示された条件に首を縦に振ったのは、ご主人様の秘蔵の酒は各国から寄せられたものだけあって美味いからです。
決して、私はアル中ではありません。
美味しいものが好きなだけです。
「――― 飲んだら寝るだけのつもりなんだよな、この発言って」
ご主人様がなにか微妙な顔をして話されましたが私は知りません。
仕事の汗をかいたあとに風呂を浴びたいと思うのは、日本人の性です。自分の匂いをまき散らずのは趣味ではありませんから!!
ごっしごっしごっしごっし。
今日もデッキブラシはイイ音を立てています。
専用の無香料の石鹸で磨いた鱗はとても美しいです。
「かゆいところはありませんか? チェイサさま」
「―――うむ、もうちょっと右を頼む」
ご希望がありましたので、石鹸の泡で滑り易くなった鱗の上を草鞋で移動しつつ、デッキブラシを駆使します。
「ここですか」
「あああ、そこじゃそこじゃ」
悶える老人の声がなんとも言い難いです。
ごっしごっしとブラシをかけつつ、悶える爺の声を聞く。―――何の仕事ですかこれは。
気持ちいいのはここかここかああ!!(必死)
「―――おおおおおお、いいかんじじゃあああ」
親の敵のように力を込めると、すごく喜ばれました。
…私はこれでも腕力には自信があったのですが。最終形態といいたくなる竜の姿をしたお客様にとっては、ちょうどいいマッサージの按配でしかなかったようです。く、屈辱。
だが、私の心は折れていない!
「お疲れでいらっしゃいますのねえ、チェイサさま」
ほほほほ。
顎まで垂れる汗をかきつつ、愛想を振りまきます。―――仕事って大変。
仕事仲間のトールとレイヤは、竜の尻尾の根元をブラッシング中。
――危険な仕事なのに、どうして男性が二人組で、まちがいなく女性である私が一人で仕事をしているのでしょうか。おかしいと思いませんか、何かが。
遠い目で思う。
「うむ、やはり年をとると疲れがでてのう。―― リアディ殿が作ってくださったこのマッサージ付き湯屋が最近のワシらの娯楽じゃよ」
ご機嫌気分で、お客様が話されました。
「そうですか。喜んでいただけているようで何よりです」
マッサージ付き湯屋。(竜形限定)
――― リアディさま、何を考えてこんなことしようとしたんですか。
既に本人に確認して答えを知っている問いが、再び脳内に満ちた。
『 金だ、金 』
守銭奴のご主人様が答えた姿を思い出した。
『慈善事業はもちろん大事だが、それだけじゃ手がまわらん。―― たんまり銭を貯め込んだ老人相手に竜形での湯屋をすりゃあ金が入る。すなわち、ちびどもの飯になるんだぜ』
“小さき者“と呼ばれる屋敷で保護されている蛇たちを思い出す。
まだ人形をとれない彼等は、上位種であるリアディさまの庇護のもとで養われています。
メイドさん達が忙しそうなときに手伝いに行きましたが、まあ可愛いこと。
目玉はまんまるで、お口もキュート。
かまってほしいのか、私の腕をもじもじと上ろうとしては落ちる子供たちの姿は癒しでした。
もふもふもいいが、つやつやさらさらも正義!!
私は平熱が高いので(基礎代謝が高いのでね!)、温かい毛よりも冷たい鱗のほうが好きなのです。
指に絡ませた子蛇たちは可愛いぜ!
――ですので、そんな彼等を養うためなら、お姉さんはお仕事頑張るよ!!
何度目だったか忘れた決意を、もう一度したところだった。
ざわりと見えないアンテナが反応した。
「トール! レイヤ!! 飛べ!!! 」
叫びながら、自分も大きくデッキブラシを中心にして高く飛び上がった。
「ぶはははは!! 」
マッサージがどこかの笑いのツボにでも入ったのか。
チェイサさまが竜形のままで笑い、その拍子にその大きな身体を揺らして寝がえりを打った。
ずしん!!
大きな音がして、洗い場にしていた砂利の敷いた砂場で砂埃が立った。
「―― トール! レイヤ! 生きてるか!! 」
大きく跳躍していたおかげでその巨体の下敷きにならずにすんだ佳永は、仕事仲間に声をかけた。
「うっす! 生きてます、アニキ!」
「俺も無事です! カナのアニキ!!」
掛け声は間に合ったらしい。
「尾に気をつけて、しばらく離れてろ!!」
「「了解!!」」
尻尾のあたりで仕事をしていた連中は、尻尾の第二次災害を受けるおそれもあるので、避難を命じる。
もちろん、自分も避難した。
―― というか、アニキ呼びはやめろ!!
道場の弟子たちにも陰でそう呼ばれていたことを思い出して、佳永はちょっといらっとした。
結局、チェイサさまはしばらくしたら笑いが収まったようだったので、再度身体を磨き上げてさしあげ、仕上げに特製のワックスを塗ってさようならをした。
今日の竜形専用サロン、お仕事終了です。
あー、疲れたっ。
「リアディさま、酒ください酒!!」
ばたんと扉を開けて、報酬をねだる。
「――第一声がそれかよ」
呆れた声で、突っ込みが来た。
「あら? ――リアディさま、お仕事お疲れ様でした。入ってもよろしいですかしら? …とでも云えばいいのですか?」
うふふふ。
身体をくねらせながら、新人メイドあたりがやりそうな仕草を真似てみた。
鳥肌が立ちましたが。
「―――いらん、気持ち悪い 」
すっぱりと拒否された。
私の真実を理解してくれているようで何よりです。
「チェイサさまからの感想だ。とても気持ち良かった。――大変だろうが、また頼むとのお言葉だ!」
帳簿片手にご主人様が告げられました。
「いえっさ、お客さまのまたのおこしをお待ちしております!」
ということで、新しい固定客ゲットを祝い、酒を飲むのだ。
そして、トールとレイヤを巻き込んで作ってるお客様のカルテをご主人様に見せた。
「――やっぱり、感覚が敏感な若者には、まだまだこれしたくないわ」
なにしろ、まだ慣れてないからね、お互いに。
顧客リストとでも言えばいいのか。
そこには今までのお客様の傾向が書いてある。
過敏肌の方は、突然身体を動かされるので、我々はとても危険。
そうでなくても、爪の間や四肢の付け根、意外に角の近くなどでもむずがゆくて動き出す方は多い。
まだまだ始めたばかりのこのお仕事なので、危険を少しでも減らすためには切磋琢磨が必要なのです。
こういう目と手と頭を使う作業は嫌いじゃないので、いいんだけども。
あとは、トールとレイヤにも感覚を養わせないとな。
訓練は始めてはいるが、なかなか身に付くものでもないしなあ。聴勁。
ただ、二人とも蛇なだけあって感覚は掴みやすいはずだ。――頑張れ。
「―― もともと、我々竜族は獣の姿でいるときは周りに生きものがいないときを選んできたからな。――― 竜形のときに触れられてどう感じるかなどわれわれ自身も知らないことが多い」
苦笑しつつ、御主人さまが言われました。
器用な方です。
新しいもの好きなご主人様が、どこだかの“落人”からサロンなるものを聞いたために始めた仕事であるというのに。
「最初は無理かと思ってたんだが、佳永が来てくれて助かったよ。――ありがとう」
「―― いえいえ。こちらこそ、雇っていただいてますもの、ありがとうございます」
ぺこりとお互いに深謝した。
守銭奴のご主人様だが礼儀は踏まえていらっしゃる。―― この世界のすばらしさは、教育が行き届いている点だろう。
最初は、獣が人になって、人が獣になる世界なんて、どんなファンタジーだと思ったが。
話が通じる者同士でなによりだ。
酒を飲みつつ、仕事の愚痴や今後の仕事の方向性など、あとはまだ独身のご主人様の嫁はよ探せよなどといった己を棚に上げた発言をした気がします。
私は酒には強いのですが、ご主人様には勝ったためしがない。
これが噂のうわばみかと思ったのは、異世界人にだけ通じる世迷言でしょう。
がんごん鳴ってる頭を押さえながら私が目覚めたのが、サラサラの上質のリネンに上半身を曝した御主人さまの胸のうちであったことは、一生の不覚です。
( ―――― なんで、一緒に寝てるんですか!! )
( ――――― …おまえ、酒呑むと変わるのな)
了
一連に対しての異色ネタだなあと思いつつ、衝動に負けました。
勝手ながら、世界観に混ぜさせていただきました。
少しでも、皆様の暇つぶしになりましたなら嬉しいです。
たくさんの評価、ありがとうございました。
脱けていた文字と、落人さんたちの書き漏れに気づき、修正させていただきました。――― まことに、失礼いたしました。(礼)




