無才と言われた令嬢、魔法の脆弱性を指摘してたら本当に国が滅んで、新しい国を作ってしまった
「魔法の才は……皆無」
洗礼の儀、神官が下したその宣告に、六歳のメルティスは眉一つ動かさなかった。
だが、帰路の馬車内は地獄の様相を呈していた。豪華な装飾が施された箱の中で、両親が醜い罵声を浴びせ合っていたのだ。
「名門クラノヴァの血を引く者が、無才などあり得ん! 貴様、不貞を働いたな! この子の種はどこのどいつだ!」
「聞き捨てなりませんわ! 我がケルヴィアス家こそ至高。あなたの卑しい家系の血が、この子の才能を枯らしたのでしょう!」
「何だと、この女狐め!」
「うるさいわ、この豚野郎!」
醜い掴み合いが始まろうとしたその時。それまで車窓の景色を静かに眺めていたメルティスが、口を開いた。
「――そもそも」
氷の礫のような怜悧な響きに、両親は毒気を抜かれたように動きを止め、居住まいを正した。
「不確かな『資質』なるものに重きを置く、その思考の浅薄さに呆れを禁じ得ません。私はこの世の在り方に、根本的な疑義を呈します。
魔法とは、事象の理を無視し、個人の都合で世界を捻じ曲げる行為に他なりません。
歪みが生じないはずがない。無から火や水を生み、風や土を弄ぶことがどれほど危険な事態を招くのか、なぜ誰も考察しようとしないのでしょう?」
あまりに論理的な物言いに、二人は思わず「なるほど」と頷いた。これまで考えたこともない視点だった。
「他にも、巷で尊ばれる『白魔法』がございますね。癒やし、加護、浄化……それらを操る者が『聖女』などと崇め奉られているようですが」
二人は揃って「うむうむ」と、娘の言葉に引き込まれていく。
「例えば、私の愛犬エイダです。私はエイダを撫でるだけで、深い癒やしを得られます。その論理で行けば、エイダは立派な聖女ですわね」
「し、しかしメルティス、エイダに『加護』は与えられまい」
父親の反論に、メルティスは冷ややかな視線を向けた。
「そもそも『加護』とは何でしょう?」
「それは……災いから身を守る力だろう?」と父親。
「加護とは、神の慈悲によって授けられる、見えざる助けのことです。
つまり、それは神が与えるべき領域のものです。一個の人間が他者に授けるなど、増長も甚だしい。
そもそも『見えない力』なのですから、授けたと主張すること自体、論理的に破綻しております。詐欺の類と何が違うのでしょう」
「だ、だったら『浄化』はどうだ! あれこそ聖女の証だろう」
食い下がる父親に対し、メルティスは優雅に首を傾げた。
「我が家のメイドたちの掃除の手際、ご存じないのですか? お父様の食べこぼしは、それは酷いものです。まるで野卑な豚が食い散らかした後のよう。それを瞬時に片付け、清浄な状態に戻す彼女たちこそ、真に称賛されるべき『浄化の聖女』ではありませんこと?」
「い、いや、聖女の『浄化』というのはだな、もっとこう……瘴気を祓うとか、そういう神秘的なことを言うのであってだな」
たじろぐ父親に、メルティスは無慈悲な追及の手を緩めない。
「瘴気とは何でしょう?」
「魔物などが発する、禍々しい気のことだ」
「お父様は、魔物の存在を事実として認めていらっしゃるのですか?」
「い、いや、まさか。あれは御伽噺の中の架空の生き物だ」
「では、存在しない生き物が放つ、実体のない『気』とやらを祓う力ですか。……虚無を弄んでいるのと同義ですね」
父親は、自分の言葉が砂の城のように崩れていくのを悟り、口を噤んだ。見かねた母親が助け舟を出す。
「で、でもメルティス、病を振りまく瘴気というのもあるじゃない?」
「ええ、確かに存在しますね」
「ほら、ご覧なさい!」
勝ち誇ったような母親の笑みに、メルティスは淡々と事実を突きつけた。
「空気中に浮遊する、目視できないほど微小な菌や病原体のことですね。対策は至って簡潔です。新鮮な外気を取り入れ、手が触れる箇所をアルコールで拭う。これで菌の大部分を死滅させることができます。……さて、これを我が家で日々実践しているのは?」
「……メイドたち、ですわね。彼女たち、本当に働き者だわ」
両親は、もはや娘の理詰めの前にため息をつくことしかできない。最後の手札を絞り出すように、父親が声を上げた。
「そ、そうだ! 『黒魔法』というやつがあるだろう! あれは強大な力だ!」
「人を呪うための術ですね。お父様は、私に他人を呪詛する才能があれば、お喜びになったのですか?」
父親は、ちぎれんばかりに首を横に振った。
「あ、到着しましたね」
馬車が止まると同時に、メルティスは優雅に立ち上がった。
「ご心配には及びません。私は私自身のやり方で、この上なく立派になってみせますわ」
そう言い残し、迷いのない足取りで馬車を降りていく六歳の背中。その神々しいまでの理知に、両親はただ圧倒され、感服するしかなかった。
――その後、彼女の予言は最悪の形で的中することになる。
魔法の乱用は世界の理を歪め、大陸の至る所で未曾有の災害が頻発した。民が縋った聖女の祈りは、荒れ狂う自然の前では無力な呪文に過ぎなかった。混沌の渦に飲み込まれた王国は、あえなく崩壊の時を迎える。
しかし、灰燼に帰した大地に、新たな国が産声を上げた。
そこには魔法という不確かな奇跡に頼る制度はない。徹底した理論と合理的な制度によって、人々が知恵を絞り、自らの手で安全を勝ち取る国。
その中心に立ち、新たな時代の夜明けを導いたのは、あの日魔法を否定した少女――賢帝メルティスその人であった。




