007★ひより
時は経ち、キャンプシーズン。
あのファンレターの返事は、もちろん来ない。
理由は簡単。
人気のある選手がいちいち返事を書いていると、相当なものになるからだ。
だから、別に気にしていなかった。
学校帰り、制服のまま急いでキャンプ地に向かった。
休日よりも、平日の方が人が少ない。
だから、選手に会える確率が高いのだ。
公園内を、選手が歩いて移動するという事もある。
その希望にかけて、燈和は急いでいた。
ちゃっかりサイン帳も持って。
ちょうど練習が最後の方になっていた。
選手が次々とロッカーへ引き上げている。
チャンスだ。
今日の練習場所を確認して、室内練習場へ向かった。
そこには、女性ファンが予想以上にいた。
長谷川目当てだろう。
燈和もだけど。
選手がどんどん出てくる。
燈和はサイン帳を差し出して、出てくる選手全員にもらった。
あとは長谷川だけだ。
そう思っているうちに、大きなバッグを持って長谷川が出てきた。
また歓声が大きくなる。
燈和は、みんなに負けないようにサイン帳を差し出した。
隣にいる人が押してくる。
だから、持っていたペンが転がって行ってしまった。
名前が書いてあるから、たぶんあとで見つかるだろうけど。
これじゃ、サインを書いてもらえない。
ショックのあまり、サイン帳を引っ込めてしまった。
「長谷川さーんっ!!」
隣にいた人が叫ぶ。
すると、こちらへ寄ってきた。
そして、その人にサインをしてあげた。
目の前で見ていて、悔しかった。
あのペンさえ落ちていなければ…
コツンッ…
足元で、音がした。
さっき落としたペンが、チラッと見えた。
「あっ、あった!」
拾おうとするけど、手が届かない。
すると、誰かの手が伸びてきて、そのペンを拾った。
視線を上にあげると、長谷川が燈和のペンを持っていた。
「藤井…なんて読むんだろう?」
長谷川が言った。
自分の名前を読もうとしている。
それだけでも嬉しい。
「『ひより』です!!」
「燈和!?難しい名前だなぁ…」
長谷川は、顔をあげながら言った。
顔をあげ切った瞬間、視線がバッチリあった。
燈和は急に恥ずかしくなって、目をそらしてしまった。
「はい」
そう言うと、燈和に手渡した。
「あ、ありがとうございます!!」
周りのみんなが、羨ましそうに見ている。
だけど、燈和にはそんなことどうでもいい。
サインをしてもらう事も忘れて、だた名前を呼んでもらった事に感動していた。