036★温かい日常に…
…妙にいい匂いがする。
ふわっと香ってくるその匂い、正体は―――
「…ん?」
右肩には、長谷川がもたれかかっていた。
直で感じる体温、同じリズムを刻む寝息。
匂いの正体は、長谷川だった。
洗剤か、石鹸の匂いだろう。
心地よかった。
まだあんまり目が覚めていなかったけど、徐々に意識がはっきりしてく。
自分が置かれている状況に気づいたのは、ちょっと後のことだった。
時計を見ると、まだ午前6時半過ぎ。
まだ眠さはあるけど、そろそろ起きた方がいい。
だけど右肩には長谷川がいる。
起こすわけにはいかない。
どうするか考えているうちに、長谷川が起き始めた。
「ん…っ」
ぼんやりと目を覚ますと、燈和のほうに顔をあげた。
近すぎる…
視点が合うのに、ちょっと時間がかかった。
「…」
「…おはよう」
そう言いながらも、眠そうにしている。
「まだ眠いでしょ?」
「うん…」
「寝てていいよ。私がご飯作っておくし」
「…ここにいて?」
「へっ?」
「このままがいい…」
また眠りについたようだ。
燈和よりも幼く見えてしまう。
つい、その寝顔に見とれてしまった。
ずっと見ていても飽きない。
だから、人気が絶えないのかもしれない。
ふと気付くと、長谷川の右手が燈和の服の袖をつかんでいた。
自分よりかも大きい手が、小さく、可愛く見えた。
ずっとこのままでいたい…
そう思ってしまうのも、長谷川だからだと思う。
もし長谷川に出会ってなかったら。
燈和は、自分がどうなっていたか想像が出来なかった。
この先も、どうなるか分からない。
ただ、出来るだけ長谷川を支えていきたいと思っている。
もし迷惑と思っていなかったら、の話だ。
それから1時間くらいが過ぎた。
ようやく長谷川が眠りから覚めたようだ。
「今度こそ、本当のおはよう?」
「…ごめん、また寝てたみたい」
「えっ、自分の意思で寝たんじゃなかったの?」
「いや…寝てたって事、気付かなかった」
よほど疲れてるんだ。
もしかして、自分がいるから疲れてしまったのか…
不安がこみあげてきた。
それが、顔に出てしまったようだ。
「大丈夫だよ。燈和ちゃんがいてくれなかったら、もっと疲れてたから」
思っていた事が見透かされていた。
驚いたけど、その言葉にホッとした。
少しでも支えになりたい。
支えになれているのならば、それでいい。
雑誌やテレビの取材で、長谷川はずっと言っていた。
『自分は、今は結婚願望ないんで』
燈和はこの年になって、そんな事も考え始めていた。
この先ずっと、結婚できないんじゃないか。
それでも長谷川を支える事が出来るのならそれでいい、そうも思ったり。
長谷川との結婚を望んでいるわけじゃない。
だからこそ言えることだ。
今ここで伝えておく。
「私も、はせさんみたいに結婚願望ないから、ずっとこのまま支えていれたらいいな」
「…それ、本当?」
「うん。やっぱり、嫌?」
長谷川は首を横に大きく振った。
「嫌じゃないよ!っていうか…嬉しい///」
顔を真っ赤にしながら言う所なんて、試合中とか想像できない。
きっと、燈和くらいしか知らないと思う。
「ねぇ、なんでそんなに可愛いの」
「はっ!?俺、可愛いの?」
「カッコいいけど…今はすごく可愛いっ」
「褒め言葉には聞こえないんだけど…」
「十分褒め言葉だって」
「じゃあ言うけど、燈和ちゃんの方が可愛いからねっ」
「なっ///それはないっ」
「いや、本当だから」
「はせさんの方が可愛いもん」
他の人から見ると、完全なバカップル。
でも、これが2人にはちょうどいいのかもしれない。




