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だれかがこれを やらねばならぬ

(この話はフィクションであり、実際に何があったかは明らかにされていません)

 「納得できません!」


 練習室に隊員の声が響いた。


 二日後の平成3年4月26日12時、ここ海上自衛隊呉基地から「掃海母艦はやせ」と「掃海艇ゆりしま」がペルシャ湾に向けて出発する。国際貢献の名の下に「機雷処理」という実戦に赴く。旧軍以来の経験を積み重ね、掃海能力にかけては世界一を自負する海上自衛隊掃海部隊。とはいえ実戦、万が一のことが起きるかもしれない。隊員も家族も、誰もが不安を抱えている、だからこそ我ら「呉音楽隊」は、儀礼曲「軍艦」をもって、掃海部隊を送り出したかった。


 しかし今朝、市ヶ谷(海上幕僚監部)から「出発式典取りやめ」の指示が届いた。




◇◆◇◆◇◆




 音楽隊隊長・竹岡にしても、納得はできない。昨年12月に横須賀から転属して呉音楽隊に着任した。音楽隊であるからには派遣部隊を演奏で送り出すのが本務である。それが今回、許されない。しかし自衛隊員として命令は、絶対だ。


 一人の親としても、忸怩たる思いがある。一人娘が5月の連休に結婚式を挙げる予定だった。相手は第2掃海隊群第13掃海隊(大湊)「掃海艇おおしま」の水中処分員。が、先週18日に第1掃海隊群第20掃海隊(横須賀)の「掃海艇あわしま」に転属となり、ペルシャ湾に赴く。結婚式はキャンセルとなった。




 「来月の演奏会のプログラムを変更する。各自、楽譜を受け取るように。それから、」


 竹岡が、言葉を継ぐ。


 「この曲の練習は明後日26日、海事歴史科学館の展望テラスで行う。練習開始時刻はヒトフタマルマル」


 練習室が騒めく。音楽隊は埠頭には行けないけど、埠頭まで演奏は届くのだ。


 「それから川本海士長、君はボーカルだ」


 「自分が、ですか?」


 21歳のホルン奏者、川本が戸惑っている。


 「そうだ。君の声をカラオケの場だけでなく、聴衆に届けるんだ」




◇◆◇◆◇◆




 川本雄司は島根の高校でホルンを吹いていた。三年生の夏、コンクールの県大会でダメ金、そのまま引退して受験勉強を始めようとしていたその時、ピアノが弾けなくても声楽ができなくても、自衛隊の音楽隊に入れば音楽を続けられることを知った。ちょうど翌月に地元で海上自衛隊呉音楽隊の演奏会がある。演奏会前の職種説明会、いわゆるオーディションに受かれば、道が開ける。




 翌年、川本は呉にいた。最初の3ヶ月は自衛隊員としての基礎を叩き込まれ、楽器に触れる時間もない。その後もホルンを吹くよりも諸々の自衛隊の仕事にかかる時間のほうが長い日々が続いた。


 ある日、スナックで「声が似ている」と持ち歌にしていた「宇宙戦艦ヤマト」を歌ったら、居合わせた高齢の方が涙ぐんだのを見る。若い時に戦艦大和を整備して、送り出したが戻ってこなかった、呉にはそのような経験を持つ人が何人も残っていた。そのうちに川本がスナックで歌っていると、戦艦大和に縁のある方がポツポツと集まるようになっていた。




 「送るためだけでなく、任務を終えて無事帰ってくるのを祈って」歌い、演奏する。川本と、その仲間たちの音楽に、強い動機づけが生まれた。




◇◆◇◆◇◆




 平成3年4月26日、ヒトフタマルマル(12時ちょうど)

 竹岡のタクトが振られた。




◇◆◇◆◇◆




 平成3年4月26日(金)夕刻。

 大分県・佐伯港沖に停泊する「掃海母艦はやせ」の食堂では、夕食のカレーライスが提供されていた。


 「必ずここに、帰ってくると」


 誰かが、口ずさんだ。




◇◆◇◆◇◆




 平成3年4月26日(金)夕刻。

 呉基地の官舎では、単身赴任の竹岡が夕食のレトルトカレーを温めていた。


 「誰かがこれを、やらねばならぬ」


 竹岡が、呟いた。

呉音楽隊は演奏会で宇宙戦艦ヤマトを演奏するたび、「歌詞の中の『必ずここへ帰ってくると』にあやかって『無事に任務を終えて帰って来てほしい』と言う願いを込めています」とアナウンスするようになった。


平成3年10月30日までに、掃海部隊総員511人は、誰1人欠けることなく呉に、日本に、家族の元に帰ってきた。







(この話はフィクションであり、実際に何があったかは明らかにされていません)

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