50話
冬休み初日。
朝から迷宮へ向かおうとしていた美々は、入口で呼び止められた。
「少しお時間よろしいでしょうか」
振り向くと、迷宮公社の職員だった。
(……何かしたかな?)
思い当たる節はなく、美々は首を傾げながらも頷く。
案内されたのは、以前と同じ小さな会議室だった。
少し待っていると、扉が開く。
「お待たせしました」
入ってきたのは、以前【眷属召喚】について聞き取りを行った二人――
落ち着いた雰囲気の男性職員と、若い女性職員だった。
軽く挨拶を交わした後、男性職員が本題を切り出す。
「本日は、【眷属召喚】のその後について、可能であればお話を伺いたく」
「もちろん強制ではありません。差し支えなければ、で構いません」
美々は少しだけ考える。
(……別に、隠すことでもないよね)
そう判断し、素直に口を開いた。
眷属が順調に成長していること。
スキルを習得していること。
さらに二体目の召喚が可能になり、今後も増える見込みがあること。
ついでに、辰見の【狐火】についても説明した。
話し終えると、二人の職員は一瞬言葉を失い――
「……それは、非常に興味深いですね」
驚きを隠せない様子だった。
だがすぐに表情を整え、
「貴重な情報をありがとうございます」
と、丁寧に頭を下げる。
レアスキルを持つ探索者の多くは、情報を秘匿する。
トラブル回避や、自身の優位性を保つためだ。
だからこそ、美々のように包み隠さず話してくれる存在は、非常にありがたかった。
「ささやかではありますが」
そう言って差し出された封筒の中には、十万円が入っていた。
「……え、いいんですか?」
「はい。正式な情報提供への謝礼です」
思わぬ収入に、美々は目を丸くする。
そして――
男性職員は、改めて姿勢を正した。
「もう一点、兎見さんにご相談……いえ、依頼があります」
「依頼?」
少しだけ身構える美々に、職員は穏やかに説明を続ける。
曰く。
低階層のモンスター素材は、常に需要に対して供給が足りていない。
多くの探索者は、より稼げる下層へと進むため、低階層に留まらないからだ。
「買取価格を上げるという案も、もちろん過去に試されました」
女性職員が苦笑しながら補足する。
「ですが、価格を上げれば供給過多、下げれば供給不足……と、市場が安定しなかったんです」
結果として、現在は“適正価格を維持しつつ、依頼で補う”形に落ち着いたという。
「そこで――」
男性職員は一枚のリストを差し出す。
「兎見さんが到達されている十五階層までの素材で、不足しているものを集めていただきたいのです」
報酬は――
前金で二十万円。
加えて、納品する素材は通常より色を付けて買い取る。
さらに規定量を超えた分には追加報酬。
期間は冬休みの間のみ。
他の探索者チームにも同様の依頼を出しており、強制ではない。
断ってもペナルティは一切ない。
説明を聞き終え、美々は少しだけ考えた。
(……本当は、先に進みたいけど)
だが。
「……やります」
答えは、すぐに出た。
評価されたことが、素直に嬉しかったからだ。
実際、迷宮公社は美々を高く評価している。
ほぼ毎日迷宮に通い、
低階層素材を安定して納品し続けている。
その上、これまで問題行動も一切ない。
信頼できる探索者――そう判断されていた。
「ありがとうございます」
職員たちは、安堵したように微笑んだ。
その後、美々は受け取ったリストに目を通しながら、迷宮へと向かう。
(……どこから回ろう)
階層ごとの必要素材。出現モンスター。効率。
頭の中で、ルートを組み立てていく。
戦い方は、もう分かっている。
あとは――
最短で、最大効率。
美々は小さく頷き、迷宮へと足を踏み入れた。




