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44話

二日後。

美々は迷宮の五階層に立っていた。

何度も通ったはずの階層。

見慣れた岩壁、乾いた空気、遠くで響くモンスターの気配。

それでも、今日は少しだけ違って感じる。

理由ははっきりしていた。

「……」

軽く息を整え、美々は目を閉じる。

意識を一点に集中させる。

呼びかけるように。

確かにそこに“ある”繋がりへと手を伸ばす。

「……来て」

静かに呟いた。

その瞬間――

足元に、淡い光が広がる。

幾何学模様の陣が、ゆっくりと描かれていく。

細い線が幾重にも重なり、回転し、組み上がっていく。

静かで、神秘的な光景。

やがて陣の中心が、ふっと歪んだ。

空間が、薄く裂ける。

その奥から――影が滲み出る。

形を持ち、輪郭を得て、現実へと引き上げられる。

辰見だった。

相変わらずの、簡素なピクトグラムの姿。

無機質で、無表情で――

けれど、確かにそこに“いる”。

「……よかった」

美々の口から、自然と息が漏れた。

胸の奥に溜まっていた緊張が、ようやくほどける。

いなくなったわけじゃなかった。

ちゃんと、戻ってきた。

「ごめんね」

言葉は、ほとんど反射だった。

あの時のことを思い出す。

守れなかったこと。

間に合わなかったこと。

辰見は、こくりと小さく頷いた。

それだけの仕草。

それだけで――十分だった。

「ちょっと、動いてみて」

美々は気持ちを切り替え、確認に入る。

辰見が一歩踏み出す。

ゆっくりと歩き、スリングショットを構える。

その一連の動きを見て――

「……あ」

わずかな違和感に気づいた。

ほんの少しだけ、反応が遅い。

動きが、滑らかじゃない。

引っかかるような、ぎこちなさがある。

「やっぱり……」

倒された影響だろう。

完全に無傷というわけにはいかないらしい。

おそらく、レベルダウンに近いペナルティ。

「まあ、このくらいなら」

致命的ではない。

むしろ、この程度で済んでいるなら軽い方だ。

「すぐ戻るよ」

そう言って、小さく頷く。

そして――本題に入る。

「これ、渡しとくね」

インベントリから取り出したのは、あのスキルブック。

古びた冊子。

静かに辰見へ差し出す。

「……」

ふと、手が止まる。

今さらながらの疑問。

「……読めるの?」

目もない。

口もない。

そもそも、“読む”という行為が成立するのか。

少し考えて――

「……まあ、いっか」

投げた。

考えても分からない。

やってみるのが一番早い。

辰見の前に、スキルブックが触れる。

その瞬間。

ふわりと浮かび上がった。

次いで、白い光を放ち始める。

「……!」

美々は思わず目を見開く。

ページが、勝手にめくれていく。

そこに書かれていた文字が、光となって浮かび上がる。

ひとつひとつの文字がほどけ、粒子のように崩れ――

そのまま、辰見の中へと吸い込まれていく。

ゆっくりと、確実に。

数秒の出来事だった。

やがて光が収まり、スキルブックは力を失ったように落ちる。

ただの、古びた紙の束に戻っていた。

「……すご」

思わず漏れる。

その直後。

美々の中に、理解が流れ込んできた。

辰見が【狐火】を習得した――という確信。

「成功、だね」

辰見を見る。

見た目は変わらない。

だが、確かに“何か”が増えている。

「使ってみて」

辰見が小さく頷く。

スリングショットではない。

前に、手をかざす。

その仕草の先に――

ぽっ。

空間に、蒼い火が灯った。

小さな火の玉。

揺らめく炎。

だが、それは“普通の火”ではない。

赤くない。

熱そうでもない。

どこか冷たく、静かで、そして――妖しい。

見ているだけで、少し背筋がぞくりとする。

「……綺麗」

思わず呟く。

火の玉が、ふっと動いた。

音もなく、滑るように前へ進む。

一直線に、迷宮の壁へ。

そして――

ポンッ。

軽い音。

小さな爆発。

衝撃は弱い。

だが、その直後。

壁に蒼い火が張り付いた。

じわり、と広がる。

燃えている。

けれど、どこか普通の炎とは違う燃え方だ。

「……へえ」

美々はじっと観察する。

爆発だけじゃない。

延焼。

持続するダメージ。

「威力は……まだ弱いけど」

それは問題じゃない。

むしろ――

「これ、伸びるね」

確信があった。

スキルは使えば使うほど強くなる。

この【狐火】も、きっとそうだ。

今は小さな火でも――

いずれ、戦況を変える力になる。

「いいじゃん」

自然と笑みがこぼれる。

「じゃあ――」

軽く体をほぐす。

「リハビリ、いこっか」

辰見の動きの調整。

それと同時に、狐火の実戦テスト。

向かう先は決まっている。

五階層。

岩石アルマジロ。

硬い装甲を持つモンスター。

通常攻撃が通りにくい相手。

だからこそ――試す価値がある。

「いくよ」

兎見丸が前に出る。

盾を構える。

辰見がその後ろに立つ。

少しぎこちないが、確かに“戻ってきている”。

そして美々は、その中間に位置取る。

三人の陣形。

変わらない形。

戻ってきた日常。

「……今度は」

小さく呟く。

誰に聞かせるでもなく。

「ちゃんとやる」

迷宮の奥へと、三人で歩き出した。

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