32話
会議室の空気は静かだった。
テーブルの向こう側に座る若い女性職員と、中年の男性。二人とも穏やかな表情ではあるが、仕事としてきちんと話を聞こうとしているのが伝わってくる。
女性職員が手元のタブレットを確認しながら口を開いた。
「まず確認させてください。兎見さんの活動記録を拝見したところ、低層階でかなりの数のモンスターと戦っているようでした」
美々は背筋を伸ばす。
「は、はい……」
女性職員は続ける。
「通常、一階層や二階層ではそこまで大量のモンスターと短時間で遭遇することはあまりありません。ですが映像では、連続してかなりの数のモンスターと戦っている様子が確認できました」
そして少し言葉を選びながら尋ねる。
「これは、何か特別な方法を使っているのでしょうか?」
さらにもう一つ質問が続く。
「それと、映像に何度か映っていたのですが……ピクトグラムのような見た目の存在がいました。あれは何でしょうか?」
美々の肩がぴくりと動く。
やっぱり気づかれていた。
美々は少し緊張しながら、ゆっくり口を開く。
「えっと……あれは、その……」
言葉を探す。
もともと人と話すのが得意ではない。
まして相手は迷宮公社の職員だ。
少し詰まりながらも、美々はなんとか説明を始めた。
「わ、私……スキルを、持っていて……」
女性職員が優しく頷く。
「はい」
「【眷属召喚】っていうスキルで……」
美々はそこで一度息を吸った。
「そのスキルで、眷属を召喚できます。その……ピクトグラムみたいなのが、眷属で……名前は兎見丸です」
女性職員と男性職員は顔を見合わせた。
「眷属、ですか」
男性が少し身を乗り出す。
美々は続ける。
「兎見丸は、モンスターを倒すと強くなって……スキルも覚えます」
「それで……鍛えるために……」
少しだけ言いづらそうにしながら続ける。
「モンスター寄せのお香を使っています」
その言葉を聞いた瞬間。
男性職員が思わず苦笑した。
「……ああ、なるほど」
女性職員も少し困ったような笑みを浮かべる。
「それは……なかなか大胆ですね」
男性が腕を組む。
「モンスター寄せのお香は、チームでも扱いを慎重にするアイテムですからね」
そして少し呆れたように言った。
「低層階とはいえ、一人で使うのは……だいぶ無茶ですよ」
その言い方に怒っている様子はない。
むしろ、少し心配しているようだった。
「探索者は自己責任とはいえ、あまり無茶はしないでください」
美々は慌てて頭を下げた。
「す、すみません……」
女性職員はすぐに優しい声で言う。
「いえ、怒っているわけではありません。ただ少し驚いただけです」
そして話題を戻した。
「それと、もう一つ確認させてください」
「【眷属召喚】というスキルですが……」
女性職員はタブレットを操作する。
「迷宮公社が管理しているスキルリストには、現在その名前のスキルは確認されていません」
美々は小さく目を丸くする。
女性職員は続けた。
「もちろん、探索者がスキルを公社に報告する義務はありません。ですので、誰かが隠している可能性もあります」
少し間を置く。
「ですが、現時点で公社が確認している限りでは……」
男性職員が言葉を継いだ。
「おそらく、そのスキルはかなり珍しいものです」
「もしかすると、現在確認されているのは兎見さんだけかもしれません」
美々はぽかんとした顔になる。
そんな大層なものだとは思っていなかった。
女性職員はさらに質問を続けた。
「【眷属召喚】を取得したときの状況を教えていただけますか?」
「その前の活動内容なども含めて」
美々は少し考え、ゆっくり話し始めた。
迷宮に通い始めたこと。
ずっと一人で探索していたこと。
チーム募集に応募したが断られたこと。
コミュニケーションが苦手で、チームに入れなかったこと。
そして――
一人で探索を続けていたこと。
兎見丸を召喚した日のこと。
美々は思い出しながら、丁寧に説明した。
女性職員と男性職員は真剣に話を聞いていた。
しばらく沈黙が続く。
男性職員が腕を組んだまま、ゆっくり口を開いた。
「……なるほど」
少し考え込む。
「おそらくですが」
男性は静かに言った。
「そのスキルは、兎見さんの思いが強く影響している可能性があります」
「思い……?」
美々が小さく呟く。
男性は頷く。
「迷宮のスキルは、精神状態や願望に影響されるケースがいくつか確認されています」
「兎見さんは、ずっと一人で探索していた」
「チームに入りたかった」
「一緒に戦う仲間が欲しかった」
男性はゆっくり続ける。
「その願望が強く影響して、【眷属召喚】というスキルになった可能性があります」
女性職員も頷いた。
「同じように一人で探索している人はいますが……」
「同じスキルを取得できるとは限らないでしょうね」
つまり――
偶然と、本人の強い思いが重なった結果。
そういう結論だった。
その後、美々は【眷属召喚】の詳しい内容を説明した。
眷属を召喚できること。
あまり離れられないこと。
モンスターを倒すと強くなること。
スキルを習得すること。
女性職員は丁寧にメモを取っていた。
一通りの話が終わると、女性職員が微笑んだ。
「ありがとうございました。とても参考になりました」
男性職員も軽く頭を下げる。
「貴重な情報です」
そして女性職員は机の上に封筒を置いた。
「こちらは今回の謝礼になります」
「え?」
美々は驚く。
「公社のスキル調査への協力ということで、謝礼金をお渡ししています」
封筒の中身は――
十万円だった。
「え、ええっ……?」
美々は思わず声を上げる。
女性職員は続ける。
「今回の情報を元に、【眷属召喚】は公社ホームページのスキルリストに登録される予定です」
「ただし」
少し真剣な顔になる。
「兎見さんの名前や情報は、公表しません」
「ご本人が望まない限り、取得者は匿名扱いにします」
男性職員も頷いた。
「珍しいスキルですからね。余計なトラブルを防ぐためです」
美々は少し安心したように頷く。
女性職員は最後にもう一度頭を下げた。
「本日はご協力ありがとうございました」
こうして――
美々の初めての迷宮公社との面談は終わった。




