31話
兎見丸が【盾術】を習得してから、戦い方はさらに安定していた。
一階層で相手にしていたスライムでは、もうほとんど苦戦することはない。
スライムが体当たりをしてきても、兎見丸は盾で受け止める。
そして、隙を見てナイフで反撃する。
その動きは以前よりもずっと自然になっていた。
最初の頃はぎこちなく、まるで動き方を一つ一つ考えながら戦っているようだった。だが今は違う。盾を構える姿勢も安定していて、スライムの体当たりを正面から受けてもほとんどよろけない。
「……うん」
美々は少し離れた場所からその様子を見守りながら、小さく頷いた。
「もうスライムは大丈夫そうだね」
そう思うと、次のことを考え始める。
一階層のスライムは安全だが、その分経験値も少ないしドロップ品の価値も高くない。訓練には良かったが、ずっとここにいるわけにもいかない。
「二階層、行ってみようか」
美々はそう呟き、兎見丸を連れて階段を降りた。
二階層に出るモンスターは、噛みつきモルモット。
スライムよりも動きが速く、小さな牙で噛みついてくるモンスターだ。
ただし体は小さく、力もそこまで強くない。低層階の探索者にとっては比較的戦いやすいモンスターだった。
まずは様子を見ることにする。
一匹だけ戦わせてみる。
しばらく歩くと、すぐに一匹の噛みつきモルモットが現れた。茶色い体毛を逆立てながら、キーキーと鳴き声を上げている。
「兎見丸、お願い」
美々がそう言うと、兎見丸は前に出る。
モルモットが床を蹴り、勢いよく飛びかかってきた。
だが兎見丸は慌てない。
盾を構える。
ガンッ、と鈍い音が響いた。
噛みつきモルモットの牙が盾に当たり、攻撃は完全に防がれた。
その瞬間、兎見丸はナイフを振るう。
一撃。
二撃。
モルモットは素早く動くが、兎見丸も焦らない。盾で攻撃を受けながら、確実に反撃していく。
少し時間はかかったが、やがてモルモットは光になって消えた。
「……おお」
美々は思わず声を漏らした。
「ちゃんと戦えてる」
その後も何匹か一対一で戦わせてみる。
結果は同じだった。
時間は少しかかる。だが、盾で攻撃を防ぎながら確実にダメージを与えていく安定した戦い方だった。
「これなら……」
美々はポーチから小さな箱を取り出す。
モンスター寄せのお香。
何度も使ってきた、あのアイテムだ。
一本取り出し、火をつける。
煙が細く立ち上り、迷宮の空気にゆっくりと広がっていく。
しばらく待つ。
すると――
カサカサと、小さな足音が聞こえ始めた。
通路の奥から、噛みつきモルモットが姿を現す。
一匹。
二匹。
三匹。
「来た」
美々はスレッジハンマーを握り直す。
「兎見丸、行こう」
兎見丸が盾を構える。
モルモットが一斉に飛びかかる。
ガンッ。
盾で一匹の攻撃を受け止める。
横からもう一匹。
それは美々がハンマーで叩き潰す。
その隙に兎見丸がナイフを振るう。
戦闘はすぐに激しくなった。
モルモットは次々と現れる。
倒す。
また現れる。
倒す。
スライムのときよりも攻撃は激しい。
兎見丸も何度か噛みつかれ、小さくよろける。
それでも盾で受け止め、すぐに体勢を立て直す。
美々もすぐ横で援護する。
「左!」
声をかけると、兎見丸はちゃんと左を警戒する。
連携もかなり良くなっていた。
戦闘は一時間ほど続いた。
そして。
お香の煙が、ふっと消える。
同時にモンスターの出現も止まった。
「……終わった」
美々は息を吐いた。
周囲を見回す。
地面にはモルモットのドロップ品が散らばっていた。
牙。
毛皮。
かなりの量だ。
「またいっぱいだね」
美々は兎見丸に声をかける。
二人で回収を始める。
袋に詰めていく。
袋はどんどん重くなった。
回収を終え、美々は迷宮を出る。
そのまま迷宮公社の買取受付へ向かった。
カウンターに袋を置く。
受付の人が袋を開けて中を見る。
そして、少し驚いた表情になった。
「……これは多いですね」
「え、えへへ……」
美々は苦笑する。
計算が終わり、代金を受け取る。
だがそのとき。
受付の人が少し表情を変えた。
「少々、お時間いただけますか?」
「え?」
突然の言葉に美々は戸惑う。
「お話を伺いたいことがありまして」
責めるような雰囲気ではない。
だが、少しだけ真剣な口調だった。
美々は不思議に思いながらも頷く。
「は、はい」
受付の人に案内され、奥の通路へ進む。
一般の探索者が入らないエリアだった。
通されたのは小さな会議室。
テーブルと椅子が置かれた、静かな部屋だ。
「少々お待ちください」
そう言われ、美々は椅子に座る。
部屋は静かだった。
時計の音だけが聞こえる。
(な、何だろう……)
美々は少し落ち着かない。
怒られるようなことをした覚えはない。
それでも不安になる。
しばらくして、ドアが開いた。
入ってきたのは二人。
一人は若い女性職員。
もう一人はスーツ姿の中年男性だった。
男性の方は少し貫禄があり、上司のように見える。
女性職員が軽く頭を下げた。
「お待たせしました」
そして席に座り、話を始めた。
「実は最近、兎見さんの迷宮での活動について確認をさせていただきまして」
「え……?」
美々は思わず姿勢を正す。
女性職員は穏やかな口調で続けた。
「迷宮での活動時間に対して、提出されているドロップ品の量がかなり多かったためです」
そのため――
美々が提出している迷宮内の活動映像記録を確認したという。
探索者には義務がある。
迷宮内での活動を映像で記録し、提出すること。
トラブルや事故の確認、安全管理のためだ。
美々もヘルメットに小型カメラを取り付けて撮影している。
「映像の方は確認させていただきました」
女性職員はそう言った。
「ですが、改めてご本人からお話を伺えればと思いまして」
すぐに続ける。
「もちろん、咎めるためではありません」
「答えにくいことは、答えなくても大丈夫です」
そう言って柔らかく微笑んだ。
それでも。
美々は少し緊張していた。
小さく息を吸い、頷く。
「……わ、分かりました」




