26話
学校が終わると、まっすぐ迷宮へ向かう。
そんな日々が続いていた。
特別な出来事はほとんどない。
けれど、ほんの少しずつ自分が変わっているのは分かっていた。
スレッジハンマーの扱いにも、だいぶ慣れてきた。
最初のころは、岩石アルマジロを倒すのに六発も必要だった。
重たいハンマーを何度も振り下ろし、腕が震えて、息が切れて、それでもなかなか倒れない。そんな戦いだった。
それが今では――
五発。
四発。
最近では三発で倒せることもある。
そして、その日は。
五階層で岩石アルマジロと向かい合っていた。
ゴロゴロと岩をこすり合わせるような音を立てながら、アルマジロがこちらを向く。
丸くなった体の隙間から、黒い目がこちらを見ていた。
美々はスレッジハンマーを握り直す。
足の位置を少しずらす。
呼吸を整える。
アルマジロが動いた。
地面を蹴り、突進してくる。
重たい体が勢いよく迫る。
美々は横へ跳んだ。
突進が空振りする。
その隙に――
ハンマーを振り上げる。
「えいっ!」
ゴンッ!!
重たい衝撃が腕に伝わる。
ハンマーが甲殻に叩きつけられた。
岩石アルマジロの体がぐらりと揺れる。
もう一度。
振り下ろす。
ゴンッ!!
アルマジロの動きが鈍る。
そして――
三撃目。
ゴッ!!
そのまま、アルマジロは動かなくなった。
「……倒せた」
美々は息を吐いた。
その瞬間だった。
頭の奥に、突然情報が流れ込んでくる。
スキルを習得しました。
【眷属召喚】
「え……?」
思わず声が出る。
同時に、スキルの内容が理解できた。
【眷属召喚】
自分の眷属を召喚するスキル。
召喚された眷属は、召喚者の命令に従って行動する。
ただし、召喚者からあまり離れることはできない。
さらに――
眷属はモンスターを倒すことで強化される。
そして、スキルを習得することもできる。
「……え、ちょっと待って」
美々はその場で固まった。
そんなスキル、聞いたことがない。
それに。
「……これ、すごくない?」
思わず呟く。
一人なのに。
チームが作れる。
しかも眷属は、倒したモンスターで強くなる。
さらにスキルまで覚える。
「……もしかして」
胸が少し高鳴る。
「チームメンバーとか、いらない……?」
つい、そんなことを考えてしまった。
――いや、それはちょっと違う気がする。
人見知りを直すために探索者をやっているのに。
それでも。
このスキルがすごいのは間違いない。
美々は周囲を見回した。
モンスターの気配はない。
「……召喚してみよう」
少し緊張しながらスキルを発動する。
すると。
足元に光が広がった。
白く発光する円。
その中には、細かな幾何学模様が刻まれている。
小さな魔法陣のようだった。
光が強くなる。
そして。
その中心から――
何かが現れた。
「……え?」
美々は首をかしげる。
そこにいたのは。
人型だった。
でも――
なんだか、変だった。
簡単に言うと。
立体化したピクトグラム。
避難誘導の標識などに描かれている、あの人型。
あれがそのまま三次元になったような姿だった。
色は薄いピンク。
顔はない。
目も口もない。
というか。
どっちが正面なのか、よく分からない。
「……」
ピンクの人型は、ただ立っていた。
「……聞こえる?」
反応はない。
やっぱり会話はできなさそうだった。
美々はしばらく考えてから、実験することにした。
一階層まで戻る。
そして眷属に、予備の武器――警棒を持たせた。
ピクトグラムの手に警棒を渡す。
ちゃんと握った。
「えっと……」
美々はスライムを指さす。
「……あれと戦ってみて」
ピンクの眷属が、ゆっくり歩き出す。
スライムも、ゆっくり近づいてくる。
そして。
ぼよん。
スライムの体当たり。
眷属が少し後ろに下がる。
それから。
ぶん。
とてもゆっくり警棒を振る。
ぺち。
スライムに当たる。
「……」
ものすごく、のんびりした戦いだった。
スライムが体当たり。
眷属が警棒。
スライムが体当たり。
眷属が警棒。
ゆっくり。
とてもゆっくり。
時間をかけて戦う。
やがて――
スライムが、ぱしゃんと消えた。
眷属の勝ちだった。
「……」
美々はしばらく黙った。
そして。
「……弱い」
正直な感想だった。
スライムとほぼ互角だった。
ちょっと不安になる。
でも。
眷属はモンスターを倒すことで強化される。
これから強くなるはずだ。
美々はピンクの眷属を見た。
「……よし」
小さく頷く。
「これから、一緒に強くなろう」
ピンクの眷属は、何も言わない。
でも。
なんとなく。
ほんの少しだけ、頼もしく見えた。




