英雄のいない戦場
その戦には、英雄がいた。
重装の騎士。
名のある剣。
旗を掲げ、正面から進む男。
兵たちは、その背中を見て安心した。
「あの人がいるなら、大丈夫だ」
そう言われる英雄だった。
風走り隊は、
その英雄の横には立たなかった。
前にも、後ろにもいない。
外側だ。
彼らが見ていたのは、
英雄ではなく――地形だった。
狭くなる道。
曲がる坂。
荷車の列。
「来る」
誰かが言った。
彼は、うなずくだけだった。
敵は、英雄を狙って集まってきた。
矢が集中する。
重装が前に出る。
英雄は耐える。
盾を構え、剣を振るう。
確かに、強い。
だが――
戦場が、止まった。
その時、
風走り隊が動いた。
投げる。
一斉ではない。
順番に。
途切れさせない。
敵の後列が、下がる。
指示が乱れる。
伝令が倒れる。
英雄の前にいた敵が、
振り返る。
その瞬間、
英雄が踏み込む。
戦は、そこで決まった。
英雄が勝った。
そう記録されるだろう。
だが、
風走り隊は、その場にいなかった。
彼らはすでに、
補給路を潰し、
追撃路を塞ぎ、
撤退路を空けていた。
敵は逃げた。
追えなかった。
戦後、
英雄が聞いた。
「あの斥候たちは、誰だ?」
誰も答えられなかった。
夜、
焚き火のそばで、若い兵が言った。
「俺たち、英雄の役に立ったんですよね?」
彼は答えた。
「英雄が立てる場所を、残しただけだ」
「名は残らないですね」
彼は、火を見つめたまま言う。
「残らなくていい」
翌日、
英雄の名は広まった。
歌になり、
酒場で語られた。
風走り隊の話は、
誰もしなかった。
だが、
戦場にいた者だけは知っている。
英雄が前に立てたのは、
風が、先に走っていたからだ。




