投げるという裏切り
最初に疑われたのは、
敵からではなかった。
味方だった。
「槍を投げるな」
そう言われたのは、
三度目の戦のあとだ。
「前線で武器を捨てるのは、逃げと同じだ」
彼は反論しなかった。
説明もしない。
説明は、止まるからだ。
次の戦は、小競り合いだった。
森沿いの細道。
視界は悪く、音が響く。
前に出たのは、重装の歩兵たち。
盾を構え、槍を揃える。
彼は、その後ろにいた。
一歩、外。
半歩、後ろ。
いつもの位置だ。
敵が現れた瞬間、
前列が止まった。
盾が重なり、
足が止まり、
列が固まる。
彼は、その横を走った。
「おい、どこ行く!」
声が飛ぶ。
彼は、答えない。
一本目を投げる。
狙いは胸じゃない。
脚だ。
当たらなくてもいい。
相手が身を引けば、それでいい。
二本目。
三本目。
敵の動きが乱れる。
その瞬間、
前線が動いた。
「今だ!」
誰かが叫ぶ。
だが、
彼の手には、もう槍がない。
背は空だ。
「見ろ、武器がないぞ!」
誰かが笑った。
その笑いは、
短かった。
彼は走った。
投げた槍の落ちた場所へ。
一瞬しゃがみ、
拾い、
そのまま前に出る。
止まらない。
間合いが詰まる。
突く。
深くはない。
だが、確実だ。
敵が倒れた時、
彼はもう次の槍を拾っていた。
戦いは、終わっていた。
戻ってきた彼に、
誰かが言った。
「裏切るかと思った」
彼は、汗を拭いながら答える。
「前に出ただけだ」
「武器を捨てるのは、裏切りだ」
彼は少し考え、
それから言った。
「拾いに行く」
その日から、
彼のやり方は警戒されるようになった。
だが、
同時にこうも言われる。
「あいつが走ると、敵が止まる」
夜、焚き火のそばで、
若い兵が聞いた。
「怖くないんですか」
彼は答えた。
「怖い」
即答だった。
「だから、投げる」
武器を手放すのは、
勇気じゃない。
戻ってくる覚悟だ。
それを理解した者だけが、
翌日も彼の後ろを走った。




