盾を捨てた理由
最初に盾を置いたのは、
臆病だったからだ。
そう言うと、大抵の人間は納得した顔をする。
だが、本当は逆だった。
盾は、考える時間を奪う。
構えるか、走るか。
受けるか、かわすか。
その一瞬の迷いが、命を止める。
彼は、それを知っていた。
最初の戦は、歩兵同士の押し合いだった。
盾を前に、列を組む。
掛け声。
踏み出す。
彼も盾を持っていた。
革張りの、よくある中盾だ。
重くはない。
だが、遅かった。
前が見えない。
足元が分からない。
ぶつかった瞬間、
列は歪み、
誰かが転んだ。
その誰かを、彼は助けられなかった。
盾を構え直す間に、
槍が突き込まれたからだ。
次の戦で、
彼は盾を背負った。
「使う時だけ持て」と教えられた。
だが、
使う時は、必ず急だった。
背から下ろし、
腕を通し、
構える。
その間に、
矢が飛ぶ。
盾は守る。
だが、間に合った時だけだ。
三度目の戦で、
彼は盾を持たなかった。
代わりに、
軽い短槍を一本、
背に数本の投げ槍。
「死にたいのか」と言われた。
彼は答えなかった。
戦が始まると、
彼は列に加わらなかった。
一歩、外。
半歩、後ろ。
矢が飛ぶ。
盾持ちが倒れる。
彼は、走った。
投げる。
当たるかどうかは、重要じゃない。
敵が身を引く。
それでいい。
近づかれたら、突く。
深追いしない。
盾を構える時間はない。
だから、構えない距離にいる。
それだけだった。
戦が終わった後、
彼は無傷だった。
「運が良かったな」
そう言われた。
彼は、初めて口を開いた。
「運が要る戦い方は、選ばない」
夜、
倒れた盾を一つ拾う。
ひび割れた木。
血の跡。
彼は、それを置いていった。
盾は、
守るための道具だ。
だが彼にとっては、
止まるための道具だった。
翌朝、
彼の背にあったのは、
盾ではなく、槍だった。
そして、
彼は生きていた。




