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07.銀色の光

 ナディアの同意のような返答に、アリスティドは考える。


 正直なところ、気のせいかもしれない。

 髪は結えてあるし出会ったばかりで、見慣れていることもない。だが何故か拭えないその違いに、アリスティドは目を逸らせないでいた。


 なにかが変わった? いや、変わった気がするだけなのか? 思考を巡らせているところへ、ナディアが口を挟む。


「アリス、やっぱり気のせいかも。私が髪を切った時、貴方一度も気付いたことないじゃない」

「え、そうなの?」


 とぼけた返事にナディアはため息をついた。


「そーよ。乙女の変化に気付いたなんて考え、アリスには100年早くてよ」


 そう言われてアリスティドは俯きながらも頭をかくしかなかった。


「さて、そろそろ行きましょうか。早く王都に行かなくっちゃ」

「……そうだな」


 ナディアは馬車の御者であるジャックへ声をかけ、慣れた手つきで片付けを始める。アリスティドもそれにならう。

 横目にメルを見て、でも気にしないように。


 違和感は抱えたままで。





 日はすでに傾き、森の奥から冷たい風が運ばれてくる。ナディアは皆を守れるよう、野営地に魔法で展開した結界を張った後、メルと共に馬車の中で眠っている。


 結界があるおかげでアリスティドも眠れるはずだった。だが、岩にもたれかかり、かがり火のゆらめきを眺めている。

 昼間見た、メルの髪への違和感が消えない。


 気のせいだと思うたびに、どうしてそう感じたのかが頭の中で反芻している。森を包んだ闇が、それを後押しした。


「…………気になる」


 自分にしか聞こえない声でアリスティドは呟くと、息を潜めてゆっくり立ち上がる。


 寝ている皆を起こさぬように。風も止んで木々の揺れがないうちに、馬車の中をゆっくり覗き込んだ。

 ――と同時に。



うぉぉおおおん……



 何者かの遠吠えのような音。

 木々の間を反響して、アリスティドの元へ。


「うぇっ」


 驚いて肩を跳ね上げたアリスティドは、弾みで馬車を強く揺らしてしまった。


「んー……アリス……? なんなのよ、もう……」


 ナディアは眠りを妨げられ、少し不機嫌に。いつもならこのまま蹴飛ばされるのを覚悟するのだが、またの機会にしてもらう。


「メルのことがやっぱり気になって、メルを見ようとしたら、なんかの遠吠えが聞こえてさ」

「えぇ……? 私にはなにも……、聞こえなかったわよ……?」


 重い瞼を擦りながらもナディアは、横に寝ているメルへ顔を向けた。アリスティドも続く。


「「……メルがいない!!!」」


 2人は辺りを探し、改めてメルが消えたことを認識した。


「ちょ、ちょっと待ってよ、結界を、ど、どうやって、抜けたって言うのよ……!」

「そんなことより探すぞ! メルが戻ってくるかもしれないからナディアはここにいてくれ!」

「あ、アリス!」


 ナディアの制止をよそに、アリスティドは無意識に遠吠えの方へと駆け出した。




 ――夜の恒久の森は不気味だ。


 アリスティドは幼い頃から、ずっとそう思っている。大人たちから『夜の森には近づくな』と、そう言われて育ったのもある。


 メルを探して走る今も、そう思う。

 ざわつく木々の揺れ、吸い込まれそうな闇、時折差し込む月の、光。

 心臓の鼓動が一層速まるのは、走っているからか、はたまた恐いからか。


「僕がこう思うのなら、メルは余計に、だよな!」


 自分を鼓舞して、前へ足を走らせた。

 恐くないと言えば、嘘だ。だが恐らく自分よりも、メルの方が恐い思いをしているのではないだろうか。


 家族離れ、知らない土地で知らない人達と過ごし今は暗い森の中で、独り。

 もし、メルの身になにがあったらメルの家族に、父に、ナディアに……なんて言えばいい? ――そんな最悪な結末、自分自身が一番許さない。


「無事でいてくれよ、メル……! ――っなんだ、あの光……⁉︎」


 突如、闇夜に現れた小さな銀色の光が、こちらに向かってくる。いや、アリスティドがそちらへ向かっていく。恐怖心をなんとか抑えて、足を前に出す。


 段々と大きくなった光が、一瞬アリスティドを温かく包み込み、ふわりと輝きを抑えた。

 優しく冷たい、光だった。


「…………メ、ル?」


 光の中心に、メルは居た。

 こちらに背を向けて立っている。


「よかった……メル、無事だったんだな……。……?」


 メルの目の前にもうひとつ、居た。

 アリスティドの膝が地面をつきながらも、確かにそれを見上げた。


 向かい合って立っているのは、巨大な狼のような、なにか。

 清々しく、そして、神々しい、何者なにか。


 アリスティドはそれの正体がなんなのかは、分からなかった。だが背いてはならない、そんな感覚になってしまう。背筋に冷たく汗が流れるのを感じ、恐怖心と一緒に唾を飲み込んだ。薄く笑みが溢れる。


 メルがアリスティドに気づいて、向けていた背をくるりと翻す。


「あ、あいちゅ!」


 無邪気に笑うその幼女は、確かにメルだ。

 しかし今見ているのは、最初に出会った頃と同じようで、同じでない。焼けた森で鎮火した時に見た存在に、少し寄っている。


 メルは、彼女は。


「お前って一体、なんなんだ……?」


 その言葉を理解しているかのように、輝く瞳が、アリスティドを捉えて離さない。

 アリスティドもまた、メルから目を離せない。


「あいちゅーーー!!」


 アリスティドの中にある感情とは裏腹に、メルは駆け寄ってきて抱きついてきた。反射的にメルを抱きしめ返すが、その手は震えている。

 アリスティドの外側から内側まで逆撫でしたような感覚。銀色の光に、メルに。自然と身震いしてしまう。

 こんな感覚、早く捨ててしまいたい。


「わんわん! あいちゅ、わんわん!」


 無邪気に笑いながらメルは、アリスティドに話しかけ続ける。


「メル……そんなに喋れたのか……? あと僕の名前は、あいちゅじゃなくて、アリスだよ……」


 アリスティドの頭は情報を処理しきれない。

 夢でも見ているのだろうか。むしろ夢であってほしい。嬉しいのか泣きたいのか恐いのか、全てが混ざって訳が判らない。

 王都に着くまで思考回路が焼き切れそうだ。


『――人の子よ』


「え……?」


 頭の中で反響した声の主は、巨大な狼のような何かであることは確実だった。それはアリスティドの瞳を捉え、続けて言った。


『その子を必ず護れ。貴公に託すのは、()()()()の意向である』

「あのお方……? 託す? 意向? ……守れって……?」

『又会おう、人の子よ』


 巨大な狼は、銀色の光を残して闇に消えてしまった。


「……いや、訳わかんねーって……」


 メルを両腕に抱えながら、ぐちゃぐちゃの頭をなんとか回転させようとする。

 だがそれとは裏腹に、耐えきれなくなった思考で、意識はぷつりと途絶えてしまう。徐々に小さくなり、ふと消えた銀色の光と共に、アリスティドは森の中へ沈んだ。





「……ス」

「…………」

「……リス。アリス! いい加減起きなさい!」

「わっ⁉︎」


 勢いよく起き上がると、そこは馬車の中だった。

 揺れを感じ、移動中だと気付く。


「あれ……僕、なにがどうなった、んだっけ」

「アンタ、人がどれだけ心配したと…! ようやく見つけたと思ったら……森の中でメルと一緒に寝てたのよ」


 ジャックさんと一緒に運ぶの大変だったんだから、と付け加えナディアは腕を組む。

 昨晩の出来事。

 アリスティドはぼんやりと思い出していきながら、眉間に皺を寄せ頭をかかえた。

 

「……ごめん、もう少し寝ていいか?」

「折角起こしたのにまた寝る気⁉︎ 王都は見えてきてるわよ、もう!」


 目線だけを外にやると、恒久の森はとっくに後ろに見え、王都の方が近くなっていた。


 アリスティドは、あの銀色の光を思い出して、メルを見た。彼女はにっこりしながら眠っている。きっと良い夢でも見ているのだろう。


「おやすみ」

「ちょ、こら! ……んもう!」


 怒るナディアをよそに、アリスティドは再び目を閉じた。あれは夢ではなく、現実なんだと悟りながら。


 国王との謁見まで、あともう少し。

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