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06.束の間の休息

 恒久の森の中、開けた場所にある高原にて。


 ナディアは持ってきていた厚手の毛布を広げる。手慣れた手つきで、カゴからパンや燻製肉、果物などを次々取り出し並べていく。

 色とりどりで見ているだけで空腹感が増した。ただ3人で食べる量にしては、多いような気がする。


「美味そうだけど、昼飯にしては豪華じゃないか?」

「そうかしら。……少しでも豪華な気分にならないとね」


 ナディアは視線を下に落とす。続けてアリスティドも見ると、その先には国王への手紙。


 再び腹の底がざわざわする感覚が襲う。

 焼けた森を見た時と同様かそれ以上か。

 少し戻った気持ちが再び沈んだところに、ナディアが声をかけた。


「ちなみにもし食事が残ってしまったら、魔法で腐食は止められるけれど……」


 言いながら用意した食事へナディアが右手をかざし、「時よ止まれ(システ)」と呟く。ぱりっとした冷たい空気が流れる。


「アリス、食べれるわよね?」


 くすくす、と笑い声を上げながらナディアは言った。普段から食事を共にする機会が多いため、理解が深い様子。

 しかしそれだけではなく、ナディアは料理が上手い。先日夕食で出てきたビーフシチューは、ホクホクの野菜とほろっとほぐれる肉が最高だった。

 今からの食事にも期待大である。


「むーー……」


 一方でお腹の虫が暴れているメルは、とても不機嫌そう。アリスティドが少し笑うと、メルがこちらを見てきた。恐らく、睨んでいるご様子。


「ごめんごめん、結構お腹空いてたんだな」


 メルに食事を与えようと、パンに手を伸ばす。


「アリス、ちょっと待って」

「ん?」


 ナディアの制止が入る。

 「動きなさい(エメルゲ)」と昼食の時間を再び動かしたナディアは、ゆで卵の殻を割り黄身だけを取り出し始めた。それを厚手の布の上で、細かく砕き始める。


「これは?」

「メルの分よ」


 そう言いながら続いて硬いパンの皮を剥ぎ、内側の柔らかい部分と、崩した黄身、少量の水を混ぜ合わせる。とても手際が良い。


 メルは興味津々にアリスティド、ナディア、食事へと目を交互にやる。


「流石、村の子どもたちのお母様、だな」

「誰がよ!」


 密やかに食事へと向かったアリスティドの手がぴしゃり、と叩かれる。

 メルが先よ、と言いながらナディアは用意した食事を木製のスプーンですくい、メルへ運んだ。


 メルは少し警戒しつつ、アリスティドを見る。


「大丈夫だよ、言っただろ。ナディアは僕の友達だって。それか、もしこれが怖いなら……」


 アリスティドはナディアからスプーンをとると、食べてみせた。もちゃりとした感覚がアリスティドを包む。


「……ほら、大丈夫だよ」


 食べてもらえるよう、飲み込んだ口を見せながら言った。それを見たメルのお腹がまた、ぐぅうと鳴る。

 アリスティドは再びスプーンでメルの食事をすくい、口元へ。


 ぱくり!

 メルは思い切って一口で食べてみた。


「〜〜〜〜〜!!!」


 声にならない声を上げて喜ぶメル。アリスティドとナディアは、ほっと胸を撫で下ろす。もっともっと、とメルが手足をじたばたさせたので、アリスティドはメルが口を開くたびにそっと運んだ。


「ナディア、先に食べてていいよ」

「あら、ありがとう」


 ナディアも食べ始めながら続ける。


「問題の、手紙についてだけれど」


 アリスティドはごくりと喉を鳴らしながら考える。メルが不用意に解除してしまった封印。


「まだ村に戻っても、一日遅れるくらいで済むわよ」


 ナディアはアリスティドの父に、再封印を提案する事を考えているようだ。しかし。


「あの父さんだぜ? 戻っても門前払いだ」

「きっと、自分のことは自分でなんとかしろー! ……なんて言われちゃうわね」


 2人は同時にパンを口に放り込み、想像しながら呟く。ニコラスは問題を一早く解決しないと気が済まない性格。それに加えて、経験を積め――そう言っていた。

 見えない炎を背後に揺らしながら、ニッコリ微笑む父を想像したアリスティド。うん、絶対門前払いだ、と自分に言い聞かせた。


「それに……」

「うん」

「メルの親を先に見つけ出さないとな。僕らが王都へ行く一番の理由が、それだ」

「そうね! 早くメルと、ご家族を安心させてあげなくちゃ」


 王道へ向かう《一番の理由》を再確認し、メルとナディアは食事を終えた。アリスティドは父と運命への反抗心、それから小さな意地を、残りの硬いパンと燻製肉でかきこんだ。





 気持ちの良い風が、辺りを包む。腹が満たされた一同は、このまま色々な事を忘れて寝てしまいそうだ。メルはうとうとしながら、恒久の森を見ていた。アリスティドとメルが出会った場所。


「それにしても不思議だよな。昨日はこんなことになるなんて、予想もしてなかったよ」


 メルを見ながらアリスティドが言う。試練が終わったら、村でひと段落はつけるんじゃないか、そう考えていた。しかし現実は徐々に加速していく。


「本当にね。……あら?」


 返事をしたナディアは、なにかに気付いた。空中に手を差し伸べている。アリスティドには空気のゆらめきのような、時折反射した光が見えた。


「どうした?」

「微精霊ね。メルに集まってきてる」


 メルも気付いたようで、空中に向かって手を差し伸べたり、笑い声をあげてにこにこしている。小鳥やリスなんかも集まってきている。

 メルの髪が不自然に浮いているので、いたずらされているのだろう。


「僕には微精霊が見えないけれど、もしかして結構いたりする?」

「そうね。こんなに人に精霊たちが集まってくることは、あまりないはずなのだけれど……」


 ナディアはアリスティドよりも魔力が強いため、微精霊の姿をしっかりと見つめている。


「本当に不思議な子だわ。実は人じゃなかったりして」

「まさか! そんなわけ……」


 横になってメルを見ていたアリスティドは、はたと思う。


「なぁナディア、メルの髪……伸びてないか? 気のせいか?」

「……え?」


 そういうとナディアは、今朝自身で結ったメルの髪に手を添える。じっくりと、まじまじと、色々な角度から繰り返し見てみる。


「えーっと……伸びて、る、かも?」


 歯切れが悪いながらもぽつりと呟いた。

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