05.国王への手紙
しばらくして、ナディアとメルが降りてきた。
ナディアの荷物は既に玄関にある。
「どう? 可愛らしいでしょう?」
ナディアがメルを見ながら言った。
王都に向かう為に、それ相応の身なりが必要がある。少々派手なような気もするが、出会った時よりも可愛らしい。髪も結えてもらえて、ご機嫌そうだ。
この村から王都までは、馬車で2日程でつく距離。しかしやはり、旅路への話が急すぎる気がする。それに国王に宛てた手紙は、まだ受け取っていない。
「ナディ――」
「待たせたな」
ナディアに声をかけた瞬間、その人が現れる。
タイミングが良いのか悪いのか。
「どうしたの? アリス」
「……いや、なんでもない」
不思議がるナディア。話をするのは、出発してからでも良いだろう。出来るだけ聞いてる人が、少ない方が良い。
早く手紙を寄越せと仏頂面のアリスティドを見て、ニコラスが笑いながら口を開く。
「こうして見ておるとお前たちは、家族のようだなぁ」
「「はい??」」
幼馴染みとの反応が揃う。冗談なのかなんなのか、笑いながら言われてしまうと、恐い。メルは意味がわからず、きょとんとしている。
ニコラスが何を考えているのか、昔から分からない。今もそれは同じく。兎にも角にも、さっさと手紙を渡して欲しかったので、無言で手を出す。
「はっはっは、冗談だ全く。ほら、その中に手紙が入っている」
鍵のついた持ち運べるような大きさの、木箱を渡される。国王以外の者には読まれたくない、という意図を感じた。
メルがその木箱が気になるのか両手をぱたぱたさせ、触ろうとしている。あとでね、と促しアリスティドはニコラスへ姿勢を正した。
「それでは父上、王都へと行って参ります」
「何度も言うが、国王は私と長い付き合いがある。必ず力になってくださるだろう。粗相の無いよう振る舞いなさい」
「はい」
アリスティドとナディアは、揃って頭を下げる。この間にデズモンドが馬車に荷物を積んでくれたので、あとは乗るだけだ。外に出ると、2人は驚いて足を止めてしまう。
「「「アリス様!!!」」」
「ナディアが付いているので、大丈夫だとは思いますが……道中どうか、お気をつけて」
「これ、ぼくたちが作ったんだ! おまもりだよ!」
「無事に帰ってきて、この老いぼれに土産話を聞かせてくだされ」
昨日と同じように、村人全員がそこにいた。
お見送りをしてくれるようだ。これだから、この村の人たちの事が大好きでいられるし、自分の運命に抵抗する気が薄れる。
未だに抗いたい気持ちはあるけれど。
まずはメルの家族を探し出す。
「行ってきます!」
「「行ってらっしゃいませ!!!」」
――村を離れてしばらくしてから。
そういえば、とナディアが口を開く。
「アリス、出発前になにか言いかけてなかった?」
そうだ。あの事を話さなければ。馬車の御者――村で酪農をやっているジャックに聞かれないよう、ナディアに耳打ちする。
「実は……ついでで父さんの別件も、頼まれているらしい」
「えぇ⁉︎」
「し、静かに……!」
急な大声に馬が跳ね上がり、揺れが激しくなる。バランスをとり、抱えているメルを支える。メルは揺れを楽しんでいた。
「おっとっと……大丈夫か?」
「はい! すみませんジャックさん」
前から声をかけられ、謝りながら続けた。
「……さっき渡された箱、僕達の事が書かれているにしては、厳重すぎないか?」
昨日の一件は、あくまでも村の中でのしきたり。国王に正式に報告する程のことではない。こんなに幼いメルを心配して、との事だとしてもだ。
手紙に魔法の封をして、箱に鍵をかけ、更にその箱にも魔法の封をする必要はないだろう。
アリスティドがそれを取り出し、ナディアに渡す。確認としてナディアが手をかざすとキィン、と小さな光を放ち、直ぐに消えた。
「うーん……。確かにこれは……」
アリスティドにもナディアにも封印がどんな魔法が込められているのかが、わからなかった。
「申し訳ないけれど、その別件の方がアリスたちの事よりも、重要そうよ」
ナディアから箱を返してもらい、空を見上げ溜息をはいた。
15歳で将来の妻が決まる、というのも中々な話だが、それがこんなに小さな子なんて。それに加えて自分達になんかに頼んでいいのかという次元の、国王への手紙の配達。
何だかとんでもない事に、巻き込まれてしまったような気がする。
――ガチャン!
「うわっ……」
突如、一瞬の閃光。
収まったと思い、その音がした方向へ目を向けた。キャッキャと大笑いするメルと、同時に固まるアリスティドとナディア。
あろう事か、先の箱が空いていた。ご丁寧に手紙も開封済み。アリスティドは慌てて手紙と箱の蓋を閉じた。心臓がどくどくと脈打ち、冷や汗を気にする余裕もない。
あの頑丈な箱を、メルが開けてしまった。2人が出来なかったことを、メルは簡単にやってのけてしまった。
ナディアは口をあんぐり開け、固まっている。かなりショックを受けていた。そんな彼女は青ざめながらも、ようやく口を動かす。
「あ、アリス……どうすんのよ、それ……」
「……あ」
今考えなければならないのは、メルが開けてしまったことよりも。封印が全て解除されたこれを、どう綴じるか。アリスティドには、出来ない。
「……因みにナディア、僕には元に戻せる自信は……ないよ……」
「あああら、奇遇ね……私もよ…」
ちらりとメルを見ると箱が気になるようで、しきりに手を伸ばして掴もうとしている。
「……メル」
「う?」
「一応聞いてみるけど……、これ……直せるか?」
「あう?」
首を傾げるメル。どうやら状況を理解出来ていない様子。
「ど、どうしよう……」
2人は項垂れた。事情がわかっていないメルはまだ箱に手を伸ばして、なんとか手に取ろうとする。
「触るな!!」
焦っていたアリスティドは、メルに声を上げた。
ビクッと肩を鳴らしたメルは、自分が怒られた事だけはわかったようだった。
「あ……う、……ぅあぁあああん!!」
顔を歪ませて、大粒の涙をぽろぽろこぼす。
「ちょっと! 怒鳴らないであげて。……メル、おいで」
ナディアがメルに両手を差し出すと、ナディアに縋りついた。よしよし、となぐさめながら背中を撫でてやる。メル少しずつ落ち着きを取り戻した。
「アリス、気持ちはわかるけれど、こんなに小さい子にその言い方はないと思うわ」
「う……ごめん。どうしたらいいのかわからなくて、焦って……」
「わかってるってば。ただ、この子だって困らせたくて、やったわけじゃないのよ。家族と離れ離れになって独りぼっちなのだから、せめて私たちは寄り添ってあげないと」
その通りだった。知らない土地で独りぼっちで、一番不安なのはメルだ。感情的になりすぎた。
「ごめ……」
「違う。謝るの私じゃないから」
ナディアはメルの背中を、ぽんぽんと叩いている。メルが、アリスティドをじぃ……っと濡れた瞳で見つめていた。
「メル、怒鳴ってごめん。……でも、メルがやった事は、いけないことなんだ。わかって……くれる、か?」
「うぅ……」
伝わらないかもしれないけれど、それでも伝えてみる。アリスティドは落ち着きがない子どもの様に、しばらくナディアとメルを交互に見た。
ふと自身の手の上に置かれた、小さな手。
なんとなくでも、わかってくれたようだった。
ほっとしたのと同時に、精神的にも魔法能力にも強くなろう、と心の内で密やかに誓った。
はいじゃあ、とナディアが手を打つ。
「仲直りしたところで少し早いのだけれど……昼食にしない?」
ぐうぅう〜〜……
メルの小さなお腹の虫も鳴っている。
今が丁度良さそうだ。
「ありがとう。そうしますか」
「そう来なくっちゃ! この辺り景色が良いから、ピクニックにはうってつけなのよ。ジャックさん! 申し訳ないのだけれど、この辺りで止めてくださる? 昼食も兼ねて、少し休んでください」
「あいよ」
今起きた出来事を見ても聞いてもいない様子で、ジャックは何も言ってはこなかった。馬車が止まり、荷物を持って降りるとナディアが言う。
「まぁ……正直マズいなーって思っているけれど、過ぎた事をいつまでも落ち込んでいても何も解決しないわ。今はご飯を食べて、元気出して、どうするか一緒に考えてましょ。ね?」
「……ありがとう、ナディア」
唯一父に感謝するとすれば、ナディアを一緒に連れて行かせてくれる事だろうか。面倒見が良い姉のような存在の、笑顔のありがたみを感じた。




