04.君の名前
そして、アリスティドは思い返していた。
ニコラスは目の前の問題を、早く解決しないと気が済まない性格。それは睡眠を削っても行われる、と。
彼の息子なら嫌でもわかる。
それは息子へも促されるのだ。
恐らくアリスティドは、この子の親を直ぐに探しに行かねばならない。ましてやとても小さく、か弱い幼女がここに独り。家族はかなり心配しているはずで、一刻も早く無事を伝えるべきだった。
だが、一体どうやって。ただでさえ広いこの国だ。国民全員把握出来るような情勢でもない。探すのはかなり難しいであろう。
アリスティドは方法を考える。思考の渦に囚われた息子を見かねて、ニコラスが言う。
「とは言えアリスティドまだ15歳。国も広大で人1人探すのもかなりの時間がかかろう」
続けて、
「幸いにも私は国王と、30年来の付き合いがある。必ずや力になってくださるだろう」
と、言い放つ。
ということは、つまり。
「……僕に王都に行け、と?」
「そういうことだ。私の跡を継ぐにも、まだまだ経験は必要だぞ、アリスティド」
「うー!」
幼女がアリスティドの代わりに、元気良く返事をした。
◆
「……ねえアリス」
隣に座るナディアが、アリスティドに呼びかける。
村の少し外れた場所にある丘で、2人は並んで座っていた。小さな星々が夜空で瞬く、とても落ち着く場所だ。
あれから、話は王都へすぐ向かうこととなった。
出発は明日の朝。
アリスティドと幼女、そして何度か王都に出入りし王宮にも出向いたことのある、ナディアが同行することに。年が近く、仲が良い者がいた方が良いだろうという、ニコラスなりの気遣いだった。
ニコラスが国王に宛てた手紙を書いてくれるようだが、どういった内容になるのやら。ナディアの言葉に返事をする。
「どうしたんだ?」
「……明日から、どうなるのかしらね」
アリスティドは勿論、ナディアにも、予想していなかった事が起こり始めている。2人揃って深い溜め息をついた。幼女は眠くなったらしく、アリスティドの部屋で寝ている。
巻き込まれたあの子が、一番可哀想だ。
「まあ……そうだなぁ。当分はあの子の親を探してやるのが、目標かな」
「そうね、あんな小さな子が家族と離ればなれなんて、寂しいわよきっと」
不安なのは自分達だけではない。
今独りぼっちのあの子も、きっと不安なはずだ。それなら自分達が何をするべきか、答えは見えてくる。
「……決めたよ」
「なにを?」
「あの子の名前」
親を探すのは勿論の事、いつまでも呼び名がないのも可哀想で。ナディアが言ったように名前をつけてあげた。
「なんて名前?」
「秘密」
親が見つからなかったとしたら。
「これから先ずっと、あの子の大切な名前になるかもしれないだろ? だから、一番にあの子に聞かせてあげたい、かな」
「……そうね、それがいいと思うわ。あの子の反応が楽しみね」
「……そうだな」
ナディアは納得してくれたようだ。
喜んでくれるかなんて分からない。でも、名前を呼んであげるのが楽しみであった。一番名前を呼んであげれるのは、きっとアリスティドなのだから。
それからくだらない話を少しして、程なくしてから2人は眠りについた。
◆
夜は明け、出発の時。雲一つない青空が、今日の旅路を出迎えてくれているようだった。
いつもより早く目が覚めたアリスティド。荷物の最終確認をする。昨日幾度となく魔力を使った為か、幼女はまだ寝ている。
とても心地よさそうに寝ているので、出来れば起こしてあげたくはない。だがいつまでも起こさない訳にはいかず、肩をぽんぽんと軽く叩いた。
物凄く嫌そうな顔をしながら、彼女はゆっくりと目を開ける。
「おはよう、メル」
「………?」
聞き慣れない単語に、寝ぼけ眼で首を傾げている。アリスティドは目の前の幼女――メルを抱き抱える。
「今日から君の名前は、メルだ」
「……!」
「意味は…… 。――まだ内緒」
アリスティドは、恥ずかしさで胸が苦しくなる。
だが分かってくれたのか、メルは一気に顔をぱっと輝かせた。その温かな笑顔を見たアリスティドは、つい嬉しくなってしまう。
「メル。眠いかもしれないけれど、今日はおでかけだ」
アリスティドに抱えられながら、メルはにんまり顔で足をジタバタさせた。こうも喜んでいそうな素振りをしてくれると、名前を付けた甲斐があるものだ。
服を着替えさせようと、メルの服に手をかける。
「ちょっとお待ちなさぁーい!!!」
バン! と勢いよく開かれた部屋の扉に、アリスティドもメルも驚いた。乱れた髪と息切れを整えながら、ずかずかとナディアがこちらに向かってくる。
「ど、どうした?」
「ど……どうしたも、こうしたも、な、な、ないわよ!」
何やら怒っているような雰囲気を出しながら、アリスティドからメルを奪う。
「仮にもアリスのお嫁様になるかもしれない乙女の裸を見るなんて、アリスには100年程早くてよ!」
そういえば、昨日メルの寝巻きを着替えさせたのはナディアだった。アリスティドは自分とメルの分の荷物を持って、大人しく外に出る。
玄関まで行こうと足を進めたその時、アリス様、と声をかけられた。振り返るとデズモンドが立っている。
アリスティドの持っている荷物をデズモンドが持ち、そのまま2人で玄関へと向かった。それにしても、とデズモンドが口を開く。
「アリス様が無事に15歳になられて、デズモンドは嬉しゅうございます」
「みんなやデズモンドのおかげだよ」
「こうしてお館様の代わりに、王都に向かわれるほどに成長なされて……」
デズモンドが目頭を抑える。
その言い方になにか引っ掛かりを感じた。
「……父さんの代わり?」
「あっ、」
しまった、と口を抑えたデズモンドだが、もう遅い。
「僕は父さんの代わりに、王都に行くのか?」
「あっ……いえ……」
父・ニコラスは忙しい。王都に何度も出向く用事も、あると聞いている。呼ばれると言うことは、それ相応の事があるからだろう。だがそれを、息子に押し付けたとは。
だがデズモンドは別に悪くない。
悪いのは父である。
「わかったよ、ありがとうデズモンド」
「ですが……」
「デズモンドは悪くないから。結局王都には行かなければいけないし、ちゃんと行くよ」
「アリス様………っ」
再び俯き目頭を抑え出すデズモンドにアリスティドは思う。まだ15歳になったばかりなんだけどな、と。




