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アリスティドとメル

完結済み本編と合わせて、よろしくお願いいたします!

「……んん……」


 眩しい陽の光で目が覚めた。窓の隙間から溢れる光が気持ち良い。起きよう、そう思い身体を起こ――


「おっ……重っ……」


 ――せなかった。

 以前にも同じようなことがあったような気がするアリスティドは、その重みから解放されるべく毛布をひっぺがす。


 アリスティドの横には、15歳程の見た目をした、可愛らしい大精霊が眠っていた。アリスティドの体にだらしなく足をかけ、むにゃむにゃと(よだれ)を垂らす。


 可愛いな、とアリスティドは笑い、メルの髪を撫でた。だがはたと気付いて、即座にベッドから飛び退いた。机に置いていた眼鏡をかけ、我に返る。

 アリスティドは22歳になった。そんな大人が、精霊とはいえ一緒に寝ていたとなれば、何を言われるか。


「見てたわよ」

「っ……⁉︎ な、ナディア」


 しっかりと、見られていたらしい。にやにやしたナディアがいつの間にか、アリスティドの部屋の扉を開け待ち構えていた。

 アリスティドは恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆う。幼馴染に見られる程、恥ずかしいものはない。


「どこから」

「アリスが起きた時から」

「最初からじゃん!」


 いるなら声をかけろ、と思ったのも束の間で、寝ていたメルがもぞもぞと起き上がった。アリスティドの大声で、起きたらしい。

 目をこすりながら唸っている。


「おはよう、メル。貴女はいつもねぼすけさんね」

「……ふぁ、ナディア。おはよー。……アリスも、おはよー」


 大きな欠伸を一つして、座りながら寝ている。見た目は15歳でも、精神的にはまだまだ幼いようだった。元が精霊女王なので、その影響も受けていそうではあるが。


 そんな彼女の肩を揺らしたのは、ナディアだった。首と共に、ウェーブのかかった桃色の髪が揺れる。


「メル、起きて! 今日は海を見に行くんでしょう?」

「う……み? ……そうだ! うみ!」


 『海』の言葉に反応したメルは、即座に飛び上がる。眠気など忘れたキラキラとした眼差しが、アリスティドとナディアに向けられた。2人して、つい笑ってしまう。


「うみってどこにあるの? 美味しい? 早く行きたい! どこどこ?」

「はいはい。出掛ける前に、身支度を済ませましょうね」


 メルとナディアは姉妹のように見えた。

 アリスティドは微笑んだ。


(この日常を、ずっと待っていたんだ)


 そう思い、2人を眺める。しかしナディアがギロリと睨み、口元の緩みは即座に引き締まる。身構えたアリスティドに、ナディアは静かに口を開いた。


「神父様?」

「は、はい。なんでしょうか」

「私、昔言ったわよね。『仮にもアリスのお嫁様になるかもしれない乙女の着替えを見るなんて、アリスには百年程早くてよ』って」

「ひゃ、百年? そんな事言ったっけ」

「余計な詮索はしなくて良し! 早く出て行って!」


 無理矢理部屋から閉め出されたアリスティド。女性の着替えを見るなんて、確かに破廉恥極まりない。しかし。


「僕の着替え、部屋の中なんだけどなー……」


 そもそもメルの着替えは、別部屋に用意されたメルの部屋にある。アリスティドは頭をかいて、仕方なく食堂で待機する事にした。

 階段を降り、一階へ。シャルルとの事件以来、アリスティドの家は改修して一回り小さくなった。だがそれでも大きく感じてしまう。


 長い廊下を抜け食堂に向かう途中に、デズモンドと出くわした。この家を管理してくれているが、前よりも腰が曲がっている。


「や、アリス様。これから外出では?」

「僕の部屋でメルが着替えるから、ナディアに閉め出された」

「ほほ。そうでしたか。レディの恨みは怖いですよ。お気を付けてくださいませ」

「ありがとう、デズモンド」


 変わらないようで、変わってしまった日常を噛み締める。7年という歳月は、短いようで長かった。それでも村の皆で前を向いて、ここまで来た。メルも戻ってきて、それで充分だ。

 食堂に向かおうと歩を進めた時、デズモンドが再び声をかける。


「アリス様」

「どうした?」

「この先もどうか。メル様と共に、恒久の森とクラッソ村をお護りください。それが我々の、小さな祈りです」

「……任せて」


 永遠ではないこの日常を胸にアリスティドは、その祈りを確かに受け取った。



「うわぁ……! すごい!」

 

 ――精霊の力は便利である。アリスティドは、そう思わずにはいられなかった。国の南側にある、このミスティア海。徒歩や馬車で行くとすれば、一体何日かかるだろうか。

 だが先程精霊の里に寄った際に、マキアが転移魔法陣で一気に飛ばした。人間には不可能な芸当である。


 少し肌寒い気もするが、太陽の光が丁度良い。潮の香りが肌を刺激する。水面が絶えず輝いて、不思議とメルも輝いて見えた。


 メルは服の裾が濡れるのも忘れ、砂浜と波打ち際を行ったり来たり。時折り貝殻や蟹と(たわむ)れては、海水をぱしゃりと跳ねさせた。


「アリスー! 早くこっちに来てよー!」

「今行くよー!」


 楽しそうに笑うメルに、アリスティドは声をかける。ナディアも誘ってはみたが「二人で行きなさい」と断られた。

 3人でも良かったのだが、2人でも十分そうだ。アリスティドはゆっくりメルの元へ、歩を進めた。


「そりゃっ!」

「冷たっ……やりやがったなメル」

「だってアリス遅いんだもーん」


 二人は失った時間を取り戻すように、じゃれ合った。物語の世界のような時間が流れていく。夢のような現実が、アリスティドにとっての幸せだった。

 突然、アリスティドに海水をかけようとしたメルが、バランスを崩して尻餅をついた。二人の目が合い、一瞬時が止まり、笑い出す。


 メルを立たせようとして、アリスティドは手を差し伸べた。その手を取ったメルの指先からは、やはり温かいものがじんわりと伝わってくる。

 アリスティドの魔核は既に、他の人と同じようになっている筈なのに。これがなんなのかは、未だに分からない。けれど、7年待った相手を確かめるのに、理由なんて必要なかった。


 アリスティドが口を開いた時、にぃと笑ったメルが手を引いた。アリスティドもまた、メルのようにずぶ濡れになる。


「あはは! アリスも濡れてるー!」

「……メル」


 そのまま、メルを抱き締めた。少し時間を置いて、メルもアリスティドを抱き締める。瞳を閉じて、背中をぽんぽんと優しくたたく。


「なぁに、アリス」

「僕はメルが戻ってきてくれて良かったと、本当に、心から思ってる」

「私もまた、アリスに逢えて良かったよ」


 じわりと滲む涙を海水で誤魔化して、アリスティドは強く抱き締める。


「…………結婚、しちゃおうか」

「なにそれ?」

「ずっと一緒にいますって、誓い合う事」

「え? それならもう、前に言ったよ」

「そんな昔の話……まぁいいか」


 恥を忍んで言ってはみたが、メルはあまり言葉を知らなかった。まずは、勉強から始めなければならないようだ。

 アリスティドはメルから離れて、再び手を握った。


「あのさ」

「うん?」

「これ、どうやって帰る?」

「えー! 分かんないよ! 私にできるかな?」

「出来るよ。僕も一緒にいるし」

「そうだね、二人ならできるよね」


 互いの存在を確かにして、二人は手を取り合った。

 まずはクラッソ村に帰る所から、だが。

 番外編までのお付き合い、ありがとうございます。

 最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。ではではまたどこかでお会いしましょ〜。

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