ナディアとアリスティド
完結済み本編と合わせて、よろしくお願いいたします!
「う〜ん」
あの決着から、1週間後の事だった。
ナディアはアリスティドの家の前で、行ったり来たりを繰り返していた。脇に転がった岩に腰掛け、それを眺めているマキア。
「あのさぁ。用があるならさっさと入ればいいじゃん」
「あっ、いやこれはその……」
「にゃはは。難しいかな」
メルが消えた後、マキア達に呼ばれてアリスティドの元へと向かった。倒れているシャルルと、地面にうずくまるアリスティド。2人は動かなかった。
よく目を凝らせば息はしていて、生きているのが分かる。そして、メルの姿がどこにも無いことにも。
なんて声を掛けていいのか、思いつかなかった。開いた口を閉じて、胸の前で手を握る。
アリスティドは本心をあまり表に出さない。幼い頃からの付き合いだ。それくらい分かる。
でも。
メルと出会ってから、怒ったり笑ったり泣いたり。彼が気付かぬうちに、感情がするする表に出てくる。それが新鮮だった。
安心と、幼馴染が遠くにいってしまいそうな、不安。その時の彼は、一段と不安を感じる姿をしていた。
ゼフィールやエリューが支えながら村に戻った。シャルルは村人全員で拘束して。
皆がアリスティドに声をかけたが、なんの反応も無い。見かねたニコラスが魔法で無理矢理眠らせ、部屋に寝かせた。
そこからの、1週間である。
ナディアは一度も声をかけることができないでいた。自分の言葉は支えになるのか。アリスティドを勇気づけることはできるのか。
不安の波が押し寄せる。
でも会って、顔が見たいし話もしたい。昔から可愛い弟分のアリスティドが心配だった。
「ほーらー。早く行ってあげなってー」
「私なんかが良いのでしょうか……」
マキアのあっけらかんとした態度に、思わず不安の種をこぼしてしまう。そんなナディアに痺れを切らしたのか、マキアが立ち上がった。
「じゃあ、あたしが一緒に行ってあげる」
「……えっ?」
「はい行くよー」
ナディアは覚悟が決まらぬまま、背中を押されつつアリスティドの家へ入っていった。
「…………」
アリスティドの家は多少壊れてはいるものの、住めるくらいには形を残していた。そしてそんな彼の部屋の前。
ナディアはノックをする手を空中で止めている。マキアが欠伸を10回以上する程、長い間だ。
「まだ入らない気? 日が暮れちゃうよ」
「し、静かにしてください……!」
ナディアは涙目だった。
1週間も話さずに、いざ声をかけようとすると喉の奥がつっかえる。本当に、なんと声をかけたら良いのかわからないのだ。
なんでも知っていると豪語する大精霊は、おもむろにドアノブに手をかけた。
「マキア様っ!」
「だいじょーぶい。こういうのは勢いが大事なのよん」
ナディアは緊張でつむった目を開き、アリスティドの姿を捉えた。ベッドにうずくまっているかと思っていたが、そんなことはなかった。
自室の机にもたれかかり、椅子に座っている。開いている窓から気持ちの良い風が入ってきて、カーテンが優しく揺れていた。
ふいに体が勝手に部屋の中へ一歩、二歩と入ってしまう。またマキアに背中を押されたからだ。「ごゆっくり」と呟いてマキアはどこかに消えた。
目の前の幼馴染の、後ろ姿を見る。髪が風に揺れている。だが窓の外をずっと見ている。誰かを待っているように見えた。
メルの姿が脳裏に映る。
あの笑顔がアリスティドの姿と重なった。
じわりと胸の奥が痛む。
「…………アリスっ!」
ナディアは後ろから抱き締めた。痛々しくて、哀しくて、やりきれなくて、涙が止まらない。
「……んあ、ナディア? どうした急に、気持ち悪いよ。なんかあった?」
「なんかあったのはアリスの方でしょう!」
いつもの調子で頭を引っ叩く。
アリスティドが遠いような気がする。
「痛いよ」
「ごめん、ごめんねアリス」
ナディアの腕に力無く触れるアリスティド。その時、机の上に置かれた物が、ナディアの目に止まった。
「それ、って……」
「あぁこれね。王都に着いた時にナディアが買ってやっただろ。これだけ残ってたんだよね」
桃色のリボンがついた髪飾り。アリスティドは、憂いを帯びた瞳で髪飾りを見つめた。
ナディアはアリスティドからゆっくりと離れ、ベッドに腰掛けた。
「もしかしたらメルが取りに戻ってくるかもしれないから、待つ事にしたんだ」
ナディアが思っていたよりも、アリスティドは絶望に浸ってはいなかった。もっと早く声をかけたら良かったと、ナディアは思う。
たくさん話して、一緒に村を直して、時間が早く過ぎるように、と。濡れた顔を服で拭って、ナディアは勢いよく立ち上がった。
「メルは絶対帰ってくるわ!」
「……うわ、どうした急に。怖いぞ」
「うるさいバカアリス!」
拳骨の代わりに、アリスティドの腕を掴んで立ち上がらせる。ふらつきながらも、ナディアの横に立つアリスティド。
目の下が隈に覆われ、赤く腫れている。
それは、見ていないふりをした。
「行くわよ!」
「ど、どこに?」
「私の家! どうせまともにご飯食べてないんでしょう。これでもかってくらいに食べさせてやるわ」
「僕、あんまりお腹空いてない」
「一口食べればお腹空くわ」
「え〜……?」
一言話せば会話が弾んだ。簡単な事だった。
ナディアはできる全ての事を、アリスティドにしてあげると決めた。何でもいいから少しずつ、前を向いていく為に。
メルがいない間、少しでも支えになれますように。
この後、ナディアが張り切りすぎて大量に作りすぎた料理を村人達にも振る舞ったのは、言うまでもない。




