表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の未来を揺るがす、たった一つの祝福の名は  作者: 折亜子
第五章 2人が二人で、いるために
35/40

34.夢幻の契約

 初めて本気で人を殴った。

 手がじんじんと痛み、震えが止まらない。


 木々は揺れるのを止めて、辺りは静寂に包まれていた。目にかかった前髪をかきあげるアリスティド。霞んだ視界を目の前の男に合わせた。


 シャルルは倒れ込んで、荒々しく息をしている。ただ横にいるだけの精霊女王は、助ける様子もなかった。草と土を握りしめ、シャルルは上体を力無く起こす。


「精霊女王! まだだ、足りぬぞ私は。次期女王とも契約して――」


 気が付いた時には、アリスティドがシャルルの目前にいた。騎士のように、メルを後ろで庇いながら。

 アリスティドの眼光に、初めてシャルルは戦慄を覚えた。勝手に奥歯が鳴る。先程までの威厳など、見る影もない。


 アリスティドは杖をシャルルへ向けた。

 子どものようにシャルルは叫ぶ。


「ッッ殺すなら早くしろ! まだやるか? それとも欲しい物があるのならばくれてやる。金か、名声か? 地位か?」

「そんなことしないし、いらないよ」


 メルを見て、お互いに頷いた。


「シャルル・ド・ルクエールとプリムスの契約を破棄する」


 あっけない終わりだった。

 アリスティドは、2人の足元に魔法陣を発動させた。上に伸びる淡い光が、シャルルから漏れた魔力を消し去る。

 元の老いを取り戻していた。それでもシャルルはまだ立ち上がろうと、もがく。


「こんなガキに……私はまだ……最強の王にっ⁉︎」

「えいっ」


 シャルルの額が指で強く弾かれた。

 額から小さな煙が上がっている。

 気がする。

 アリスティドは開いた口が塞がらない。


 いつの間にか目覚めた精霊女王。汚れを気にする事なく、しゃがんでいる。

 シャルルはそのまま、意識を失った。

 体の汚れを払いながら、精霊女王は立ち上がる。そしてアリスティドとメルを見つめた。


「さて、と。アリスティド」

「……はい」

「それにメル。ありがとう」


 精霊女王は正気を取り戻したようだった。彼女は2人の手を取って、自分の手を重ね合わせる。


(わたくし)がココ家にした約束はね、『必ず男の子産まれて、必ず15歳で出会った女と結婚する』っていう内容なの」


 胸を撫で下ろすのも束の間、精霊女王の体を桃色の粒子が包み始めた。瞳を閉じて、静かに微笑んでいる。


 時間が止まった気がした。アリスティドは胸のざわめきを抑えつけて、声を上げる。


「それ、って……契約、の……!」

「そうよ」


 くるりと精霊女王は背中を見せてしまった。楽しそうに、わざとらしく。後ろで組んだ手を遊ばせながら。


「長く生きすぎたかもね。絶対誰にも言わないって、そう思ってたのになぁ」

「待ってよ、精霊女王……!」

「精霊女王なんてよしてよ。可愛くなーい」


 どんな顔で、そんな事を言っているのだろう。

 それは――最期まで分からなかった。


「これでアリスティドは自由よ」

「でも……」

「ほら、夜が明けるわ2人とも!」


 精霊女王は横顔だけを少し見せる。朝日と髪で隠れているが口元は笑っていた。後光が彼女を一際映えさせる。


「二人は(わたくし)みたいにならないでね。アリスティド。泣いてくれて、とっても嬉しかった」

「プリムスッ!」


 おさまっていた風が、再び吹いた時だった。木々がざわめいて、うるさい。その中で何かを言いながら、精霊女王は光の粒子となって、空へ還った。

 2人に手の温もりだけを残して。


 茫然と立ち尽くす2人にも、朝は来る。

 陽の光が眩しくて、儚い。目を細めながら、精霊女王の姿を脳裏に焼き付けた。


「……あの日ね、初めて会った日。私はアリスに呼ばれた気がしたの」


 少しの沈黙の後、メルが呟く。


「呼んでた?」


 そんなの、わからない。

 村の皆に、自分の運命に苛ついて、ただ焼ける恒久の森を眺めるだけ。自分の事で一杯だった。


 それでも、知らなかった世界を知ることができて良かった。新しい出会いに恵まれて良かった。

 メルと出逢えて、良かった。


「ふふ、わからないって顔してるよ」

「僕の心を読むんじゃない」


 何故かメルから目を逸らして、アリスティドはぼやく。だがすぐに視線を戻すことになる。

 いつも温かいはずの小さな手が、冷たい。気付いたと同時に、メルが目一杯大きな欠伸をした。


「メル、眠い?」

「うぅん……魔力? 使いすぎたのかな。なんか、疲れたかも……」


 眠気を感じているから、だろうか。目が合わない。魔力の揺らめきを感じて、メルの肩に視線を移す。それを見たアリスティドは、一歩後ろによろめいた。


 桃色の粒子だ。

 桃色の粒子がメルの体を、包んでいる。

 精霊女王と同じように。


 空いている手で腕を掴むが、感触が全く無い。喉が詰まって、急速に渇いていく。

 アリスティドは呼吸を忘れた自身の体に、無理矢理空気を送り込んで叫んだ。


「ッメルまでどっか行っちゃうのかよ‼︎」

「行かないよ……。でも、ちょっと寝るね……。おやすみ」


 メルの言葉とは裏腹に、粒子が内側に向かっていく。いなくなってしまう。繋いでいた手が空ぶって、メルをすり抜けた。そのままアリスティドは重力に引かれて、膝から崩れ落ちた。


 地面を握りつぶして、爪の間から血が滲む。

 くるしくて、いたい。

 胸の奥に、ぽっかりと大きな穴が空く。


「……どこにも行くなって言っただろ」


 その場に残ったのは、アリスティドの覚悟と、メルが落としたあの桃色のリボンがついた小さな髪飾り。ただそれだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ