32.自分なりの守り方
「はっ! 次期村長だと?」
シャルルは肩を揺らして笑った。小さな村などどうでもいい、と言うように。村の皆が脳裏に浮かんで、アリスティドは歯を食いしばる。
「そんなもの、なんにもならぬわ」
「馬鹿にすんなよ。父さんの仕事だぞ」
「父さん……あぁ、ニコラスの事か」
おぼろげな表情で、シャルルは宙を眺めている。どこまでも苛つくその顔を、早く殴りたい。
「で? 次期村長様は、国王のこの私にどうするって?」
「殴るって言っただろ!」
「アリス、やっちゃえ!」
二人は繋いだ手を離した。
そしてアリスティドは大地を踏みしめる。想像していたよりも加速した自分の身体。高揚を覚えながら、右手に力を込めた。そして、シャルルへと振り下ろす。
「っ⁉︎」
バキリ、と鈍い音が手を刺激する。
アリスティドが確かに殴ったはずの、手の先から聞こえた。シャルルは左手を眼前に向けており、間には魔法の障壁。
障壁にヒビは入っている。だがシャルルまで届かなかった。腹の奥がざわついて、アリスティドは素早く後退する。そして手に滲んだ血を雑に払った。
「暴力は駄目だよ。痛いからね。次は私の番だ」
シャルルから溢れた魔力の流れが、8本の輝く槍を作り出す。そのまま左腕を無言で払った。
「便利だろう、精霊女王の力は。詠唱などいらぬのだ! さて、避けられるかな?」
「くっ……!」
シャルルは桃色の光をまとった槍を、アリスティドへと放つ。腕を交差させたアリスティドだったが、次の手は間に合いそうにない。地が割れそうな爆音と、土煙がアリスティドの周りをおおった。
「アリスッ!」
メルは涙目で、その土煙の中へ入っていく。シャルルは障壁を消して、それを眺めている。頭を抱えて、溜息をついた。
「つまらんな。こんなものか――ぬ?」
徐々にあらわになったアリスティドの姿に、シャルルは片眉を釣り上げる。
アリスティドの周りには、桃色の障壁。
そして、同じ色の花弁が辺りに散っていた。
アリスティドは周りに落ちた魔法の槍から、メルへと視線を移す。
「これ、メルが……?」
「ち、ちがう! メルじゃな――」
「私よ、アリス、ティド」
どきり、と心臓が大きく跳ねた。
シャルルの背後へ顔を向ける。その声の主は噛み締めた唇から、血を流しながら続けた。
「この……女王たる、私を……支配した、つもり?」
「……なんだと?」
「シャルル、だっけ……? 貴方こそ、ダメじゃない……。私の魔力、使わ、ないで頂戴」
「黙れ」
「うぁっ!」
目覚めた精霊女王を縛る、雷の荊。バチバチと放つ音が、一層強くなる。同時に、アリスティドを護っていた桃色の障壁が消滅した。
「アリスティド君が開けてくれた扉から、君を外へ解放してやったんじゃないか。むしろ感謝してもらいたいね」
「やめろぉおおッ!」
アリスティドは再びシャルルへ突っ込んでいく。展開されるであろう魔法障壁を壊すため、身体に魔力を纏わせる。そして杖を構えた。
(僕も守るよ、プリムス!)
ぶん殴って、このふざけた戦いを終わらせたい。だが、その願いも虚しくアリスティドが次の魔法を放つその前に。
展開された魔法障壁に、激突した。
後ろに飛ばされながら、体勢を立て直す。ぶつかった額からは、血が滴っていた。
「はははっ! 私はこの力で、強大な国を創るのだぞ? 君なんぞが敵うわけないだろう!」
「……くそ」
額の血と汗を拭いながら、アリスティドは呟く。この男の言う通りかもしれない。震える膝を手で支えて、目一杯に草を踏みしめた。
後ろで見ていたメルが駆け寄り、アリスティドの服にしがみつく。
「アリス、血が……!」
「大丈夫だよこのくらい。でも、今の僕じゃ勝てない……かも」
大粒の涙をこぼすメルの頭に手を置いた。その時ふと、ある事が頭をよぎる。それはエリューが言っていた、魔核の話。
欠損しているアリスティドの魔核を、メルが少しずつ補っている。もしそれが完全になったとしたら? シャルルを倒せる可能性は上がるかもしれない。
(……でも、まだ不完全だ)
息を整えながら、シャルルを見た。アリスティドのことなど眼中にない男は、精霊女王を眺めて恍惚としている。
苦痛に耐える彼女を見ながら、楽しそうに鼻歌を歌って。アリスティドは舌打ちをして、地面に拳を叩きつける。
父やナディア、ゼフィール達を呼べば、あんな男など倒せるのだろう。でも皆は今、森や村を守ってくれている。
アリスティドも、皆を守りたかった。
非力な自分自身を、変えたかった。
「――メル」
「なに、どっか痛い? だいじょうぶ?」
メルの肩を優しく引き寄せる。
「……アリス?」
「……僕はこんな掟、嫌だったんだよ。なんで自分の未来を、勝手に決められなきゃならないんだって」
肩に触れる手に、力がこもる。シャルルを捉えながら、誰にも言ったことのない思いを、メルへ。
「下らないことだとか、やりたいことがあるだとか、色々思ってたけれど。結局決めるのを先延ばしにしただけ、だったんだ」
「うん……」
「皆と出会えて、王都や精霊の里に行って。精霊女王とも会えるなんて、思ってもみなかった。メルに出逢って、全部がひっくり返っちゃった」
それは、アリスティドが決めた護り方だった。
「僕はこの先、恒久の森と村を護っていくよ。守りたいんだ。……メルのこともね。だからその時には……メルも隣に、――うわっ」
最後まで言い切る前に、メルがアリスティドに抱きついた。勢いのあまりに、持っていた杖を落としてしまう。
アリスティドは場違いすぎる自分達が、徐々に恥ずかしくなってきた。今は続きを諦めて、更に先の言葉を紡いだ。
「――力を、貸してくれる? メル」
「うん……っ! ずっと、一緒にいるから」
二人の間から淡い光が滲んだ。
徐々に大きくなって、広がった。優しくて強くて、けれどもとても温かいものに包まれる。アリスティドは思わず目を瞑ってしまう。
メルの流した涙が、大地を濡らした時だった。




