31.叛逆の視線
――また、ここに戻ってきてしまった。
辿り着いた先の景色を見て、アリスティドはそう思わずにはいられない。風の音だけが、頬を掠める。とても、静かな場所。
(ここで、メルと出会った)
15歳になった日にいた、試練の場所に二人は辿り着いた。燃えて消えそうになった恒久の森は、変わらずそこに在る。良かった、と胸を撫で下ろす。
メルがいなければ無くなっていたし、アリスティドもいなければ無くなっていた。メルと出会わなかった自分。その可能性。精霊女王が言っていたその意味を、身体の奥で反復させた。
「ここで、アリスを見つけたの」
「……うん」
きっと世界の中では、些細な出来事なのだろう。どこにでもありそうな、小さな話。でもそれは、アリスティドの中で大きく広がっていった。
偶然と偶然が重なり合って、二人はここにいる。
考えていたら、無意識に手の力が抜けていたようだ。するりと指が離れていく。でも、その手は再び握られた。気付いてメルを見ると、夜空を反射した瞳もまた、こちらを見ていた。
「どこにも、行くなよ」
「行かないよ! アリスといっしょだよ」
二人は再び、前を向いた。
木々がざわめきだして、葉は次々と散っていく。その中を、意を決して進む。ココ家が代々試練を行うこの一帯――その中央にある、後ろ姿に向かって。
一歩踏み出すたびに、足がすくみそうになる。でもそんなことよりも、家族である村の皆や森をめちゃくちゃにした、シャルルが許せなかった。それだけを頼りに、なんとか身体を押し出す。
踏みしめた葉と草が擦れる音が一際響いた時、後ろ姿がやっとこちらを向いた。
「……おや、遅かったなぁ。えーっと……」
「アリスティドだ」
「そう、アリスティド。ニコラスの息子だったかな?」
そう言って笑う目の前の男。
顔に見覚えが、全くない。
「誰だあんた」
「……ははっ! そう来たか。見て分からんか、ん? 私はシャルル・ド・ルクエール四世。歴史上最も優しい王。そうだろう?」
シャルルと名乗ってこそいるが、前に会った時よりもどう見ても若かった。皺が無く背筋の伸びた、青年のような佇まい。初老だった筈の、国王の面影など存在していない。
不自然に浮いた玉座の様な椅子に座ったその男は、白髪をかき上げた。
「随分と、待ったよ」
「……何?」
「精霊女王の分霊体。次期女王のご登場にさ」
不気味に笑うその歪んだ顔が、アリスティドを苛立ちへと導く。
「メルはメルだろ。女王になるかはメルが決める」
「いいや。決めるのは私だよ、アリスティド君」
シャルルは左腕を掲げた。ただそれだけなのに、渦巻いた魔力の光が辺りを照らす。桃色の花弁が散って、シャルルの背後に現れた。
いなくなった筈の、精霊女王。
木の根と雷の荊に縛られて、ぐったりとしている。あの天真爛漫な姿は見る影もない。とても苦しそうで、見ていられなかった。
思わず目を背けてしまう。
「っ……⁉︎ 精霊、女王……」
「私はね、元々精霊女王を探していたのだよ。だが何ということか! 鍵がないと、精霊女王には会えないらしい」
アリスティドが口を挟む間もなく、シャルルは勝手にべらべらと語っていった。
「鍵がなんなのか、ゼフィールは教えてくれなんだ。出来の悪い精霊だったなぁ、奴は。でも、次期女王の事は教えてくれたのだ。だから私は準備をした」
「ゼフィールを悪く言うなよ」
彼なりに、優しいところもある。
……少々見た目は怖いけれど。
「謁見を取り止め、次期女王を追ったよ。そこだけは使える奴だったな、ゼフィールは。そしてようやく、君を迎える準備が整った」
「準備って何だ」
「ようやく逢えたのに、私は拒絶されて……悲しかったよ、次期女王」
メルを次期女王と呼ぶこの男。
酷く気持ちが悪くて嫌になる。
「女王じゃないって」
「あまつさえゼフィールが裏切りよった。私の唯一の誤算だ。それは、予定に無かったのだからね」
シャルルはまた、メルしか見ていなかった。
「君がまさか鍵だったとは驚いた! 感謝しようではないか。こうして精霊女王を手に入れた今、次期女王も手中に収めれば私は――」
「僕を見ろよ‼︎」
アリスティドは腕を目一杯振り上げて、それを投げつけた。
国王に忠誠を誓った筈の廷臣――ゼフィールの、決別の証。月夜に照らされ輝く金色のバッジは、シャルルの胸元に当たって地面に転がる。
わざとらしく悲しそうに胸元を見つめてから、シャルルは足元に転がるバッジに目をやった。
「そんなものを私に投げるなんて……痛いじゃないか。君も精霊女王の力が欲しいのか?」
「いらない。僕はただ、お前を殴りに来た」
「……ほう?」
その言葉に、シャルルの瞳はアリスティドを映し出した。優しい王と呼ばれた男に、似つかわしくない歪んだ瞳。頬を伝う汗を拭ってから、アリスティドは笑いながら続けた。
「やっと、目が合ったな」
「国の王をお前呼ばわりとは、何様のつもりだ」
何様、と言われてふと考えてしまった。
そんな余裕などない筈なのに。頭の中に思い浮かべてしまったことを、確かめるように拳を握りしめた。
手の温もりは、まだここにある。
独りじゃない。
「僕は、僕だ。恒久の森とクラッソ村を護りたいだけの――……次期村長だ」




