30.言葉の距離
皆と別れた後、メルに手を引かれながら先へ進んだ。焦げついた匂いや、遠くから聞こえる地響き。折れた木々をかき分けながら。
シャルルが今どこにいるのかなんて、わからない。それでもこの恒久の森の中を、ただ2人で歩いた。まるで逢引きを楽しむ恋人のように。
(この胸の高鳴りは、何なんだ)
アリスティドは疑問を浮かべる。
世界は分からない事だらけだ。
変なしきたりのある家に生まれて。15歳の誕生日に出会った女性と結婚されられそうになって。実際に出会ってしまって。王都や精霊の里にも行って、色んな人と出会って。
そして今。
メルと2人で手を取り合って、進んでいく。
「メル」
「どうしたの、アリス」
ふいにアリスティドが呼びかけると、メルが立ち止まった。辺りを見渡し、近くにあった切り株に腰掛けて、隣にと指差す。だが、メルはアリスティドの膝の上に座ってしまった。一瞬、アリスティドは身体を強張らせた。
「メル! 隣に座ってよ」
「どうして? いつもここに……」
「いつもって、それメルが小さかったからだろ……」
メルはそこから退かない。アリスティドは渋々諦めて、息を吐いた。そのまま話を続けていく。
「メルってさ、やっぱりその……精霊、なんだよな?」
「うん、そうだと思う。それがどうかしたの?」
「いや……最初に出会った頃より、だいぶ大きくなったからさ」
「……あはは! ふつーはちがうのかな? わかんない。……でも、ぜんぶ覚えてるよ。アリスと会ったときから、全部」
「全部……」
初めて出会った時の記憶が呼び起こされる。
たった数日前の出来事なのに、もう何年も前の様な気がした。森が焼けた灰色のにおいと、月の明かりが照らした赤い炎。それを消し止めた、メル。
あの時幼いだけのメルは、随分大人びた。
「全部、ってどこまで?」
「えー? ぜんぶだよー。最初から今まで」
「……あの時は、こんな会話できるなんて思わなかったな」
「メルも! いっしょだね」
いつもの太陽みたいに眩しい笑顔が、アリスティドに向けられる。掟通りに出会った彼女を、本当に娶らなければならないのか。疑念のような違和感は、まだ心の中で引っかかったままだ。
メルは再び前を向いて、浮いた足を揺らしている。これから戦火の渦中に向かうというのに、随分と楽しそうだった。
それに比べアリスティドは誕生日を迎えたあの日から、怒涛の毎日が押し寄せて、身体は鉛の様に重い。
(……なんだか、疲れたな)
そう思って、メルの頭に体重を少し預ける。
「……あのさ。メルに名前をあげた時のことも、覚えてんの」
「あったりまえじゃん! 一番うれしかった」
「そっか」
初めて名前を呼んだ時、アリスティドも喜んでもらえて嬉しかった。同じ気持ちであったと知り、目を閉じる。
あの時言えなかった事が、今なら言える。
そう、思った。
「……意味」
「へ?」
「言ってなかっただろ。海って意味でさ。燃えてた森を消してくれた魔法が、海みたいで、その……綺麗、だった」
「ふーん? うみってなに?」
「ふっ……そうだよな、知らないか」
よく分かっていないメルの反応に、アリスティドはつい笑ってしまう。勝手な運命で出会ったかもしれない。けれど、恒久の森も、村も、そしてアリスティドも。確かにメルに、救われた。
「今度見に行こうか」
「やったぁ! うみって美味しいのかなぁ」
「いや、食べ物じゃないよ」
無邪気な彼女がここにいるだけで、不思議と力が湧いてくるような、そんな気がする。その力でメルを立たせて、アリスティドも立ち上がる。
そして、またメルの手を握った。
温かいなにかは、いつものように手を伝ってアリスティドを包み込む。
(エリューが言ってた核がどーのってやつは、これのことなんだろうな)
その温かさの正体。
きっとメルの魔力であり、アリスティドの欠けた魔力の核を補っている。でもアリスティドにとって、今はそんなことはどうでも良かった。皆が背中を守ってくれて、その先をメルと共に進んでいく。
二人ならなんでもできると、確かめながら。
「よし、行くぞメル!」
「行こーアリス!」
互いに笑い合って、前を向いて。
二人は駆け出した。




