29.残された者の行方
教会を出てからアリスティドは、改めて村を見渡した。
村の皆がいない。
民家は所々が崩れている。
遠くから爆発音のような鈍い音。
畑は踏み荒らされ、野菜はぼろぼろ。
黒煙は村から恒久の森まで、続いている。
全てを把握するには、そこまで時間は必要なかった。ふと視界に入ったナディアは酷く、震えている。アリスティドはその肩に、そっと手を置いた。
「大丈夫だナディア。皆無事だよ、きっと」
「お父様……お母様……皆っ!」
ナディアは祈りを捧げるように、両手を交差させた。アリスティドも自分が崩れないように、心の中で自分の言葉を反復させる。
壊れた家や畑は、皆で直せばいい。
村の皆が無事でいてくれるなら、それで。
ふいに腕を引かれて、反射でメルを見た。アリスティドは目を見開いてしまった。先程までよりも幾分か、また成長していたからだ。
「メル⁉︎」
「ん?」
「なんで、どうやってまた⁉︎」
「? アリスといると、ここがあったかいね」
そう言ってメルは、自分の胸に手を当てた。淡い光がメルを包む。窮屈そうなナディアのお下がりが、ゆったりとしたワンピースへ変貌する。
「ちょっと服がちいさかったの」
「……そう、だね」
メルが精霊だという事実を、直に再確認してしまう。出会った頃から変わらず、魔法を自在に使えるようだった。
「こっちだよ!」
そうして精霊女王のような幼い微笑みは、アリスティドの手を引いた。天を仰いで、息を吐く。
そして静かに、足を踏み出した。
――恒久の森の中を、進んでいく。
いつも通り真っ暗な森だが、所々で炎が燻っていて、点々と明るい。燃え広がらないように消しながら、着実に歩を進める。
ふいに横から草を掻き分ける音がした。
近付いて来た2つの影。一同は身構える。
一つの影は、魔法使いのようだ。王国軍のローブが闇から揺れて、ゼフィールが瞬時に動きだす。それを見たアリスティドも、杖を構えて魔力を集中させた。
その時――もう一つの影が、声を上げた。
「我等に害なす輩共に裁きを! 拘束せい!」
影の中から現れた2本の鎖。王国軍の魔法使いはあっという間に身動きが取れなくなる。その隙に呪文を放った声の主が杖を奪う。
ありったけの力を込めて、太腿で真っ二つにした。
「このデズモンドの目が黒いうちは、地の底まで成敗しに参りますよ」
「デズモンド!」
「やや! これはアリス様に、ナディアも! 良くぞご無事で……!」
父の補佐を務め、アリスティドの家を管理しているデズモンドだった。
デズモンドは目頭を熱くさせ、手で押さえつける。ナディアもまた、瞳を潤ませた。指で雫をすくいながら、デズモンドへ話しかける。
「村のみんなはどこにいるの? お父様達は?」
「うむ……今、二手に分かれて行動しているよ。1つは子どもたちやレディ方が安全な場所へ。もう1つは――こうして戦っている」
白い手袋が良く似合うデズモンドの拳が、強く握られる。アリスティドもそれを聞いて、歯を食い縛った。一国の王がやる事にしては、あまりにも酷すぎる。
「私も一緒に戦うわ!」
「いや、ナディアはレディ達を守ってほしい。アリス様はこちらへ加勢を――ん?」
デズモンドがこちらに、いや、メルをふと見た。2人が握り合う手を少し見て、アリスティドに視線を戻す。
「その子はまさかあの時の……⁉︎ 決められたのですか、アリス様」
「……もうちょっと時間が必要かも。僕は陛下――シャルルに会ってくる」
「それはいけません! 危険です!」
「なんとかなるよ、多分、大丈夫だ。危なかったら皆を呼ぶから」
アリスティドは大精霊達に振り返って、にっと笑った。
「あたしはテキトーにぶらぶらしとくよ。ね、銀狼」
『我は精霊女王が無事ならそれで良い……』
マキアがにゃははと笑って、銀狼は俯く。
「ボク魔法は使えないけど、これでも強いよ! ゼフィの共鳴で身体強化! パンチキック!」
エリューが腕を振り回したところへ、ゼフィールの手刀が頭上に落とされた。
「お前は大人しくナディア達と隠れてた方がいいだろ。うるさいし。子どもの面倒でも見とけ」
「がびーん! ボクも戦いたいよ〜!」
ゼフィールの口角は、ほんの少しだけ上がった。アリスティドに向けて、言葉を放つ。
「アリスティド。いざとなれば、加勢してやる。……あぁそうだ」
ゼフィールは左胸につけた金色のバッジを引きちぎって、アリスティドへ投げた。落としそうになりながらも、なんとか受け取って、ゼフィールを見る。
「……いいの? これ」
「いらん。返しておいてくれ。あいつとの契約は破棄したからな。精霊達の情勢を流していたが、もう必要ないだろう」
「えっゼフィ、そんな事してたの?」
「俺がやりたいようにやってただけだ」
そう言ってどこかの空を、ゼフィールは見上げた。受け取ったバッジが、仲間であるのを示してくれたような気がして、胸が熱くなる。アリスティドはそれを見つめて、握りしめた。
「アリス、絶対無茶しない事。いいわね?」
「うん、ナディア。ありがとう」
「では急ぎますよ皆様! こちらへ!」
デズモンドの言葉を引き金に、皆が散った。
そしてその場に、アリスティドとメル。
二人だけが残った。




