02.未来の予兆
はて、とアリスティドとナディアは互いの顔を見合った。何故この幼女は、怒っているのだろう。むうっとほっぺたを膨らませ、ナディアを睨んでいるようだが、それがまた愛らしい。
「かっ……可愛い……」
「いーうっ!」
ナディアは思わずメロメロになったようだ。
メロメロにした方はぷりぷりが止まらない。
「でもこの子、魔力が底知れないわ」
「……そうなのか?」
「これは中々……ひょっとしたら村の中の誰よりも……」
悔しそうに唇を噛みながら、幼女を見つめるナディア。幼女に流れる膨大な魔力を感じ取ったようだった。アリスティドには正確には判らない。
だが、魔力が封じられていても、微力ながら魔力を感じ取れる。想像しているよりも随分魔力が高いのだろう。
どうしていいのか分からず、とりあえず幼女の頭を撫でてみた。大丈夫だよ、と諭すように優しく。柔らかい桃色の髪が、少しくちゃっとした。
「へへ……」
とたん、にこやかになる幼女。
これで良いのだろうか。終わりをいつにしようか考えているところに、ナディアが口を挟む。
「アリスには結構懐いてるのね」
「え」
昨日出会ったばかりで、心開かれるような事はなにもしていない。考えようとして、髪を撫でた手が止まる。
ナディアが手を差し出すと、幼女はシャーッと威嚇しているような素振りをする。
「ほら、私が触れようとしたら怒るんだもの」
「……な、なるほど?」
なるほどとは言ったものの、ピンとこない。
ナディアを敵視しているのだろうか。
そしてアリスティドには懐いている。
もしかして先程の光景は、ナディアがアリスティドに危害を加えようとしていたように見えたのだろうか。
ならば納得がいくようないかないような、そんな気がする。しかし、ナディアが封印を解除しない限り、アリスティドに魔力は戻らない。
この世は魔法で成り立っている。
魔法が使えないと、生きていけない。
それだけは困る。
「えーっと……」
「う?」
と、伝えようとした所で考えてしまった。
名前がわからない。この子に伝えようとしている事はわかるのだろうか。
ごくりと喉を鳴らし、意を決して話しかけた。
「あのな、このお姉さんは僕のお友達なんだ。だから大丈夫だよ」
「あうっ!」
幼女は両手を広げて笑っている。伝わったような気がした。この歳で言葉が判るなら凄いなぁ、と思わず感心してしまう。
「ナディア、もう一度やってみてくれ」
「……大丈夫かしら?」
もう一度ナディアの右手が、アリスティドの額を覆い、魔力を戻す。流れ込む魔力が妨げられる事はもう無かった。
身体中に魔力の波が駆け巡る感覚がする。
ナディアがふうっと息を吐き、右手を下ろした。
「もう大丈夫よ」
「そうか」
アリスティドは確かめるように、両手を開いたり閉じたりする。そして試しに右手をくいっと動かし、幼女を持ち上げようとしてみる。
微力ながら、ふわりと幼女の体が浮いた。きゃはは、と楽しそうな笑い声が響く。
「ありがとう、ナディア」
「それが私の役目ですから」
幼女を下ろしてやると、きゅっとアリスティドの服を掴み、腕の中に入ってくる。戸惑いながらも受け入れ、話を進めた。
「さて……これからどうしようか」
村の掟に従うのならば、3人で村に戻らねばならない。ただ、アリスティドが出会った妻となる女性は幼女である。
果たして受け入れてもらえるのか。
ナディアに目を向ける。同じ事を思っているようで、困り顔で返事をする。
「この子と村に帰るしかないわ。神父様にどう対処するのか、決めてもらいましょう」
「そう、だな……」
アリスティドの父は、自身の職に誇りを持っている。今までの歴代神父達もそうだ。自らの運命を受け入れ、妻を娶り神父になってきた。国が生き続ける限り、その歴史は揺るがない。
息子であるアリスティドも、運命に従うしかない。けれど、どうにもどうしても認めたくない。
生まれながらに自身の道が決められているなんて、そんなのはとても、
「つまらないじゃないか?」
「ん、なにが?」
「……いや……なんでもない」
神父に、そして村長に。
なりたくないなんて、言えない。誰にも言える訳がなかった。アリスティドが継がなければ、恒久の森と村を護る者がいなくなる。
「とりあえず村に帰ろうかな?」
「なんで疑問形? それしかないわよ」
「……ですよね」
やっぱり嫌だな、なんで自分の人生が決定されてしまってるんだろう。なんて思ってみたが、親と生まれた場所は運でしかない。そこは諦める以外、ない。
ここにいても仕方がないので村へ戻り、そこから今後を考える事にした。この子を置いていくわけにもいかないので、勿論3人で。
しかし一体、どこから何のためにこの幼女は、アリスティドの前に現れたのか。今までの神父達も、かつてはそう思いながら出会ってきたのだろうか。
でも、それでもこうして、出会ってしまった。
燃えた森が頭から離れる事はない。それでもちょっぴり、わくわくしてきたような気がして。それを感じ取ったのか取らないのか、幼女も笑った。
離れを出て歩き出した3人。
ナディアが口を開いた。
「そういえばこの子の名前はなんていうのかしらね?」
素性から何まで、幼女のことはこれっぽっちもわからない。呼び名がなければ、それこそ不便だ。
「聞いたら答えてくれるかな?」
「こんなに小さい子が、喋れると思うのかしら」
鋭いツッコミを頂いてしまった。
「君、名前はあるのか?」
「う?」
物は試し、と聞いてはみたものの、不思議な顔をしながら首を傾げられてしまった。質問の意味がわからない様子。
やはり呼び名がないと困ってしまう。ねえ、だとか、君、だとか声をかけるのは、可哀想である。そんな中、突然ナディアがぽんと手を打った。
「ねえ、アリスが名前をつけてあげたら?」
「え、僕が?」
閃きにしては突然すぎて、アリスティドは固まってしまう。確かに名前がないのは不便だ。
でも本当の名前は? アリスティドが付けた名が気に入らなかったら? そんな思いで胸が重くなった。少々荷が重い。
「ナディアがつけたら駄目なのか?」
「駄目って事はないけれど……。私よりアリスにつけてもらったほうが、その子が気にいるんじゃないかなって」
どうやら幼女はアリスティドに懐いている。
だが下手をすれば一生その名を呼ぶ事になるし、幼女が生きていく上で必要になる。とても重要だ。
もし、両親が見つからずに村の掟通り、この子がアリスティドの妻になるのならば。これからその名前を一番呼んであげれるのは、きっとアリスティドだ。
この子が喜ぶのであれば、と弱く腹を括る。
「じゃあ……仮で……呼び名としてなら……うん」
「可愛らしい名前をつけてあげて」
女性陣はにこにこしながらアリスティドを見ていた。とても期待されている。
いざつけようと思っても、中々しっくりくるような名前は出てくる筈もなく。半端な気持ちでつけてあげるわけにはいかない。
そうこう考えているうちに。
「「お帰りなさいませ、アリス様!!」」
村人一同の嬉しいお出迎え。
――村に、着いてしまった。




