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僕の未来を揺るがす、たった一つの祝福の名は  作者: 折亜子
第四章 マザーリムナの居る地
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28.共鳴の終焉

「これが(わたくし)と森の共鳴の話よ。どお? ちょっとはわかったかしら?」


 話を終えた精霊女王の声が、やけに遠く聞こえる。アリスティドは――その場にいた全員は、返事ができないでいた。

 喜び、怒り、哀しみ、全てが混ざって溶け合って。精霊女王の言葉一つひとつに重みがあって。それは、全身を鋭く突き刺した。この感情を、なんと言えば良いのか分からなかった。


 アリスティドは思わず下を向く。一筋の光が落ちて、足元に置いていた手が濡れた。その手で頬に触れた時に、気付いてしまった。


「……僕……泣い、て……?」


 声が漏れた瞬間、何かが胸を締め付けたような、感覚が襲ってくる。息が、苦しい。


「……アリスティド、ありがとう。それだけで私は、充分よ」


 顔を上げると、また精霊女王と目が合った。だがその微笑みは、先程までの試しているような瞳ではなかった。浅く息を吸い、喉を鳴らしながら声を出そうと口を開いた。


 ――バチッ


「あう……っ!」


 声をかける事は、叶わなかった。突如として精霊女王の身体を、荊のような雷の縄が包んだからだ。


「『女王(マザー)!』」


 銀狼とマキアが同時に叫ぶ声が聞こえる。


「ア、リスティ……ド……!」

「精霊女王!」


 風の吹かないこの地の筈なのに。精霊女王の状態に呼応するように、桃色の花々が吹き荒れて花弁が散っていく。視界を遮る花弁に苛立ちながら、髪をぐちゃりとかき上げる。

 精霊女王がアリスティドの前に、白くて長い手を差し出していた。目を見張りアリスティドも手を伸ばすが、届かない。


「私の、真名を……貴方に……っ」


 目の前の幼い笑顔は、苦しそうに声を捻り出す。風の音が、うるさい。


「プリムス……! それが、あたくし、の……っ!」


 アリスティドにしか聞こえない声だった。

 それでも確かに聞こえた。


「プリムス!」


 真名を呼んだと同時に、雷の荊が激しく輝いて、辺りを白く染める。眩しさに思わず目をつむってしまい、再び目を開けた時。精霊女王が目の前から消えた。


「くっ……そ! これは、まずいよ」


 マキアがいつになく真剣な表情で叫んだ。先程まで雲一つない晴天が広がっていたのに、気付けば黒い雲が広がっていて真っ暗だ。徐々に強さを増していく風が、桃色の花弁を連れて行く。


「みんなここから出て! 早く!」


 マキアと銀狼が扉へ向かって、全員それに続いた。幸いにもあの大きな扉は歓迎するかのように、既に開いていた。アリスティドはメルを抱えながら、後ろを向いた。それでもやはり、精霊女王は居なくなってしまっていた。



「うわ……っ!」


 扉を抜けた先で、つまずいて転んだ。メルは無事だ。むしろその状況を楽しんでいるような。そしてそこは、マキアが連れて来たはずの、恒久の森ではない場所だった。


 クラッソ村。彼らの故郷。


 見渡すと、所々から煙が上がっていて、鈍い音が響いてる。つまずいたのも、地面に穴が開いていたからだった。アリスティドは震える足でメルを抱えて、村の中を駆け出した。


「あ、待ってよアリス!」


 ナディアも急いで後を追う。

 誰もいない、荒れた村。誰か居ないか、声を上げて探す。返事はない。本当に人の気配がない。足を進めるごとに、身体は強張っていく。

 最後に辿り着いたのは、教会。

 後はここを探すのみだ。


 確かめるように、軋む扉を開ける。外とは全く別の場所に来たかのように静寂に包まれていた。ステンドグラスが月夜に照らされて、綺麗だった。

 そして中央の祭壇に――アリスティドの父・ニコラスが、いつもみたいに立っている。真剣な面持ちで、目を瞑っていた。メルを下ろして再び手を握りながら、ゆっくりと歩を進めた。


「父、さん……」

「――む? アリスか。早かったな」


 片目だけを開けて、ニコラスは少しだけこちらに顔を向けた。恐らくメルにも目を向けただろう。村を出た時よりも成長している筈だが、特に驚いた様子はなかった。


「顔付きが変わったな、我が息子よ。茶でもいれるか?」

「そんな事より! どうなってんだよこれは!」


 声を荒げる息子を前にして瞳を再び閉じて、ニコラスは語りだす。


「国王が――シャルルが来たのだ。ここに」


 その名を聞いた途端、ずしりと身体は重くなる。


「大体は分かっていると思うが、お前たちの事とは別の話をあの手紙には添えたんだ」

「うん……」

「アリスが言った森が燃えた事。どうにも引っかかった。……俺の息子が言ったことだからな。嘘じゃないんだろ?」


 ニカッと歯を見せて、ニコラスは少し笑った。勿論、嘘ではない。この目で確かに見た。信じてくれる父へ、アリスティドは静かに頷く。


「可能性としてだが、精霊女王に危機が迫っているかもしれない、と。恒久の森が危ないと記したんだ」

「精霊女王のこと知ってたの⁉︎」

「……当たり前だ。私はこの村の長だぞ? そして、恒久の森の守護者だ。アリスが私の跡を継いだ時に、その話をするつもりだったが……むしろアリスが知っている事に私は驚いたよ」


 村の中でその事を知っているのは、どうやらニコラスだけらしい。それならば王都の図書館にあった本はどうなるんだ、と考えた所に、後ろから冷たく低い声が響く。


「それで、その後は?」


 振り返るとゼフィールがいた。

 他の皆も。


「む、ゼフィール様……っ銀狼様まで……⁉︎ 大精霊様方を引き連れてきおって、大出世か? アリスティド」


 いつもの調子で冗談を言う余裕があるらしい。いや、安心させてくれているのかもしれない。


「ここへ来たシャルルは『教えてくれてありがとう』と言っておりました」

「回りくどいなー。早く本題話しちゃいなよ」


 マキアが話をぶったぎった。


「これは、申し訳ございません大精霊様。……シャルルは精霊女王の力に、元々興味を持っていた。そこへ私が危機だと言ったものだから、慌てて来たんだろう」

「ごめん。メルも国王陛下に狙われて……僕らは逃げたんだ、王都から」

「はぁ……成程。そういう事か」


 何かを閃いたようで、ニコラスはぽんと手を打つ。ニコラスが何を考えているのか、昔から判らなかった。相変わらずな父に、今だけは苛立ってしまう。メルが手を強く手を握りしめて、アリスティドは自身の震えに気付いた。その震えを、言葉へと変える。


「父さん! 今は森と村を護る方が先だろ!」

「――……この数日で、本当に成長したな。アリス」

「でしょ? 色々あったんだ、後でちゃんと話すから!」


 目を丸くした後に、ニコラスは目を細めてそう呟いた。アリスティドは踵を返して、教会から出ていこうとする。


「気を付けて行け、アリスティド。お前はいつまでも俺と、母さんの大切な息子だ」


 後ろから聞こえた声を、確かに受け取って。

 振り返らずに、その場を後にした。

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