27.わたくしのはなし
―― 私はその頃、人間の世界にいました。この森がまだ、森じゃなかった頃のね。
そんなに大きくなかった。
森も、私も。
もう名前は忘れちゃったけれど、森のすぐ側に人間の村があってね。それがクラッソ村、だったのかな?
とにかくその村の側に、私は存在ましたよ。
私が個の大精霊として。力の使い方なんてわからなかったけれど、確かに物心はつき始めたの。でなければ話せないわよね、こんな話。ふふふ。
精霊達は私を見るなり、皆逃げたわ。
今でもなんでかは、わからない。
でも。
彼だけが、唯一。
私と向き合ってくれました。
「おーい君! ちょっと!」
声がして振り返ったら、目が合った。
とても澄んだ、綺麗な瞳。
辺りを見渡したけれど、そこに居たのは、私と彼だけ。とっても驚いた。だって、話しかけられたのは、初めてだったんだもん。
「……あたくしに、ゆってますの?」
「へ? 君以外いないだろう」
そう言って笑った彼は、とても眩しかった。
森の中に入ってはいけない、と教えてくれてね。私の手をとって、連れ出してくれました。その手の温もりは今でもこの手に、ありますよ。
ただ見ているだけだった世界は、すこしずつ、少しずつ変わっていった。
まず、私が見える人があまりいなかったの! 多分皆、魔力が弱かったのね。村の中で彼と数人だけよ、私が見えたのは。
そして、お話ができたのは、彼だけ。
あの人はその時……15歳だったかな。
村の中で一番、成熟しているように見えた。
勿論、彼以外の人が話している事は、私は全てわかりましたよ。意味も大体。それ以前に、心の中は透けて見えたから、言葉の中身なんてどうでも良かったけれど。
だから、彼らに言ってやったわ。
あることからないことまで。
憤りをぶつけてきた仕返しよ。
そしたらね、怒られちゃった。
「生きているのは、君だけじゃない」
怖かったなぁ。
でも、今なら理解できる気がする。
胸の奥がつっかえる、ってこういうことよね? きっと。とにかく初めてだらけのことが、彼を通して私を駆り立てた気がする。
自分以外の人が何を言おうとも、私を村に置いてくれた。村の人間たちに紹介してくれたり。 精霊は食事なんてしなくても大丈夫なのに、一緒に食事をしてくれたり。同じ毛布に包まって、朝になるまでたくさん話したり。
そういえば、彼は絵を描くのが好きだった気がする。私の絵を描いてくれました。動くなって言われたのに、動いちゃってね。おかしくて2人で笑い合った。
いつしか私はそんな彼を――ううん。
なんでもない。
そんな日常が、続いた。
はずでした。
「紹介するよ 。俺の妻……に、なる人だ」
「ご機嫌よう……」
突然よ、本当に急だったわ。
その時私がどう思ったかは……思い出したくない。
でも、2人とも見つめ合ってきらきらしてた。
程なくして彼らは一緒に暮らしだして……いつだったかしら。男の子が産まれた。壊れちゃいそうで、儚くて、彼にそっくりな可愛い子。私の人差し指をきゅっと弱く握りました。なんだか怖くて、すぐにそれを離した。そうしたら、泣いちゃったの。
でもね。
泣きたいのはこっちの方よ。私はどんな顔で、どんな気持ちで貴方たちを眺めたらいいの?
わからないよ、 。
私の世界には貴方一人しか、いないのに。
「ねぇ。あなたもどうせ みたいに、どこかへ行っちゃうんでしょ」
小さな命に問いかけてみました。
返ってくるのは泣き声だけ。泣き声に気付いた女の足音が、遠くから聞こえた。だからその前に、かけてやったの。
『末代まで、貴方達に平和を授けます』
私の魔力は強いですよ。だって今、精霊女王だもの。昔だろうと、それは容易い魔法をかけてやった。
その子を包んだ光は、丁度女も見たと思うわ。駆け寄って、自分の子を抱きしめた。私はそれをただ眺めているだけ。
見えないくせに、その女は私に微笑んだ。
彼と同じように眩しかった。
かもね。
勿論、平和を授けるだけじゃダメよ。代償がなきゃ、その魔法は発動しない。でもね、それを言ったら私は消えてしまうから……アリスティドたちには絶対言えないの。ごめんね。
でもそれが との。
ココ家と私の約束よ。
私が消えるその日まで、永遠に。
私なりの、祝福のカタチ。
◆
「―― ! 俺の子になにをした⁉︎」
「なにもしてないわ」
「家内が教えてくれたんだよ」
「……そう」
「何の魔法をかけた」
「何……って。あなたたちと村の未来に、平和を祈っただけじゃない」
「それだけじゃないだろ、 」
「……その代わりにあたくしと、この森を護るように、したよ。 」
「あとは?」
「…… 、あなたに隠しごとはできないのね。あなたたちはこの先、15歳に出会った女と結婚して、こどもは男の子しかうまれない」
「なっ……⁉︎ 俺への当てつけか⁉︎」
返事はしなかった。
優しかった貴方はもういなくなってしまったのよ。貴方が教えてくれた怖さや辛さ、悲しさ、全部持って村から出たわ。
これは、私だけの大切な記憶。
私の存在意義。
契約というより――約束なの。
◆




