24.心の在処
どれくらい進んだのかわからなかった。
ただ一筋の光を元に歩き続けた。真っ白な世界。
メルの足取りを追いながら、アリスティドは繋いだ手を離さない。メルがどこかへ行ってしまいそうだったから。
光が一番強くなった時、その霧は晴れた。
身体を包んで消えた霧と共に現れたのは、一面の桃色だけの花畑。地平の彼方まで続いており、終わりが見えなかった。
後ろを振り返ると皆が居て、更にその後ろには巨大な扉。歩いた筈なのに。
再び前を向くと、今度は真っ白な階段が現れた。まるでお城の大広間にあったものを、切り取ってきたように。
見上げると中央には、女性らしさを纏った人型がそこに在る。夜空のような綺麗な瞳だけが見えているが、どんな表情をしているのかまでは見えなかった。
桃色のくるんとした長い髪を携えて、それは奥ゆかしく立っていた。銀狼の二柱がアリスティドを挟む形で前に出た。そして、跪く。
それを見て確信する。
(……あぁ、この精霊が、精霊女王、なんだ)
呆けてその光景を眺めていたら、頭を掴まれて無理やりしゃがまされた。恐らく、ゼフィールだろう。後ろを振り返る余裕などない。
そうして一同が精霊女王の前に跪いてから、銀狼が声を上げた。
『お連れしました。女王』
「うんっ! ありがと!」
拍子抜けしそうな程の活発な声。
威厳を感じたのは気のせいだったか。顔を少し上げると、マキアがにゃははと笑い、アリスティドと目が合う。その後には何も言わず、すぐに前を向いてしまった。
目線を地面に戻してしばらくすると、フッと頭上に影ができた。
「顔を上げて、アリスティド」
「……!」
言われた通りに顔を上げて、アリスティドは愕然とする。遠くにいて見えなかったが、精霊女王の目元はメルによく似ていた。メルが成長したら、きっとこうなるだろう。
「それから、おかえり。私の可愛い子」
そう言いながら精霊女王が、メルの頬を撫でる。
メルは嬉しそうに目を閉じている。
「やはり、そうか」
ゼフィールの呟きが聞こえて、精霊女王はにっこり微笑んだ。
「はい、そうですよ。私は精霊女王です」
ぞわり、と背中を虫が這ったような感覚がアリスティドを襲う。確かに探してきた、メルの家族。嫌でも分かる。
精霊女王が――メルの母だ。
その時、繋いでいた手をメルが離そうとして、思わずアリスティドは握りしめた。自分が知らない何処かへ行ってしまいそうな、そんな気がして。メルはアリスティドを振り返り、きょとんとしている。
「大丈夫だと思いますよ、アリスティド。この子はどこにも行かないと思う」
曖昧な精霊女王の言葉。善意も悪意も全くない、潔白なる精霊。信じられそうで、信じられなかった。
ふと精霊女王の瞳を見ると彼女もまた、アリスティドを見ていた。だが先程メルを見ていた、慈愛の眼差しなどではない。もっと別の――
「こいつに決めさせるのですか、精霊女王」
考えがまとまる前に、ゼフィールが声を上げた。どこか引っかかりを感じるゼフィールの言葉。でも今は精霊女王の表情だけを捉えていたい。
「精霊女王なんて堅苦しいの、いやよ。精霊女王って呼んでよね」
両腕を腰に当て、ぷりぷりとしながら彼女は答えた。精霊女王の雰囲気に飲まれている、この空気感。アリスティドの肩の力が、徐々に抜けていく。
「女王。失礼ですが、そろそろ話を……」
「あっ! そうだよね、ごめんごめん」
どうにも話が進まないところに、エリューが口を挟んだ。精霊女王は、桃色の髪を軽やかに揺らしながらそれに答える。幼さが滲み出る、お茶目な仕草を添えて。
しかしその幼さは、アリスティドに向き合った瞬間に消え去った。先程同様の、研ぎ澄まされた瞳。
「アリスティド。あなたは……何をしに来たの?」
「……っ⁉︎」
「何を、知りたいの? どうしたいの?」
抜けた筈の肩の力は、強烈に戻されていく。身体が氷漬けにでもされたかのような、そんな感覚が呼吸を止めそうになる。ひゅ、と喉が鳴り、次の言葉を紡ぐことが、できない。
「いいのよ、ここで終わらせても」
市場で品定めをする、母親のように。
無垢な言葉を投げつけてくる。
「あなたの心は今――何処にあるの?」




