23.恒久の森の扉
――精霊の力は便利である。アリスティドは、そう思わずにはいられなかった。
人間には到達不可能な長寿の存在。
数千の刻を得ずとも、その魔力は膨大かつ強大。気まぐれで祝福をもたらし、味方でもあるし敵でもあった。
幸か不幸か。
それを決めるのは――――神では無い。
「――ほい。着いたよ」
マキアの転移魔法陣にて、彼らは辿り着く。
この森は彼が生まれ育った村を囲む、広大な森。先祖代々、護り護られてきた神聖な森。そして、生まれてから死ぬまでずっと変わらずそこにいてくれる、家族である森。
そんな、恒久の森に。
「……恒久の森、か」
恒久の森には、精霊を束ねる女王の間に繋がる異界の扉がある。
その聞いた事がない一文――王都の図書館で見た書物を思い出し、アリスティドは呟いた。
メルの手を握る力が一層強まる。手汗が滲む。本当に、ここに繋がっているんだと確かめるように。
横目でメルを見ると、ただ一点だけを見つめていた。その方向へ意識を向けた時、それは顕現した。
「おーい銀狼! あたしが来たよーマキアだよー。分かってるんでしょー早く出てきてよー」
『……吠えるな。我の格が下がる』
ぱん、と弾けた銀色の光。
眩しさに目を瞑り、また開いた時には目の前に現れていた。神々しさを纏った、銀色の狼。瞬間、アリスティドの心臓は、鼓動を速く速くと脈打ち始める。目を背くのも畏れ多いその存在に、瞬きも忘れた。
『又、会ったな。人の子よ』
頭の中で声が反響する。それが他の皆にも届いているかは、わからない。だが確かに、アリスティドはその声を、聞いた。
『良くぞ、その子を護ってくれたな。礼を云おう』
「…………はい」
なんとか絞り出した、微かな声で返事をする。横ではナディアが耐えきれず、力が抜けてエリューが支えているが、その光景はアリスティドには見る事ができないでいた。
「分かってるよね、あたし達がここに来た理由」
『勿論、分かっている。……お前は今、その様な態度でいるのだな』
「えー? あんたがあたしを分霊して、個の存在にしたんだよ? 元々はあんたの一部であった感情だよ」
『そうだったな』
銀狼とマキアは談笑しながら、己同士で話を進めていく。
『……鍵が、揃ったのか』
「まだ未完成だけどね。坊や達なら開ける筈だよ」
そうして銀狼の二柱は、アリスティドを見た。その鍵は一体どこにあるのか。そもそもその鍵は何に使うのか。それを予見したかのように、銀狼の二柱がアリスティドの目前――後ろを振り返り、腕を掲げた。
『今集いし鍵の在処、かの者の御許へ続く扉よ此処へ』
じわりと空間が歪み、光の粒が煌めき、徐々に姿を形を作っていく。大きな大きな、重厚な扉。森にはとても似つかない、異質な扉が現れる。
「ぶっちゃけさー。あたしら精霊は、こんな扉なくても行けるんだけど、君達人間はそう簡単に入れない訳よ」
『これ! こんな扉など……烏滸がましいぞ!』
「にゃは、ごめんごめん。兎に角、ちゃっちゃと開けて、入っちゃいなよ〜」
軽々しくマキアは言うが、こんなに大きな扉をどう開けたらいいのだ。アリスティドが見上げると、木々の頭が触れる辺りに、これまた大きい鍵穴はある。マキアを見たと同時に、微笑みが口を開いた。
「あのね、この鍵穴は飾りみたいな物だから、気にしなくていいよ」
その言葉を聞いた所で、身体が動かないアリスティドだったが、不意に腕をくんと引っ張られた。メルだけが前を向いたまま、その扉へ向かっていく。アリスティドは辿々しくも歩を進めて、2人は目前で止まった。
扉に手を触れさせるメル。同じようにアリスティドもそうした。これで合っているのか困惑した時に、メルが話しかけてくる。
「アリス、祈って」
「……えっ?」
呟きを残したまま、メルは瞳を閉じてしまう。困惑しながらもアリスティドも、瞳を閉じた。
(僕には何がなんだかさっぱりだ……でも精霊女王に会う事が出来るのなら……知りたい)
――メルを家族の元へ。
それが祈りなのかは、未だにわからない。ただ一つ確かなのは、その扉が音も立てずに静かに開かれた事。温もりが肌をすり抜けて、吹き飛ばされそうなくらいに力強い風がなびいた。
扉の先は、霧のような霞がかかっており、よく見えない。それでも確かに繋がったと分かるのは、メルが躊躇なくその中に入ろうとするからだった。
「わ、ちょっと、メル待ってっ……て!」
握った手がアリスティドを扉の先へと導いた。




