22.幼馴染の想い
霞んだ視界が晴れて、眩しさを受ける。
反射的に目を細めながら、アリスティドは身体を起こす。――どうやら眠っていたようだ。
銀狼の住まいには間違いないが、先程とは別の場所に居た。ふかふかのベッドから香る、花の甘い匂い。そこでマキアの寝床だと気付いて、アリスティドは慌て飛び退いた。精霊も眠るらしい。
辺りを見渡す。手入れの行き届いた魔道具と魔装具が、壁や机に所狭しと並んでいる。それは無風の部屋の中で、意思を持つかのように、揺れていた。
皆の所へ戻ろうと思った。が、階段や扉が部屋に存在しない。別の場所に移動する方法が無かった。
(ここからどう出ればいいんだ?)
と同時に。足元が淡く光る魔法陣が展開され、一瞬の視界の暗転。
「え」
「やっほーい」
声を上げた時には、既に別の場所に居た。
目の前には大精霊。
「坊やが起きたから、転移させたんだよ。おはよう」
「おはよう、ございます、?」
先程まで話していた広間に立っている。エリューがメルと遊んでいて、マキアが何かを待っているかのように笑っている。
と、ここにきて気付く。
「……あれ? ナディアとゼフィールは?」
「彼女なら……。アリスくんが眠ったあとに、1人にしてほしいって出ていったよ」
エリューは答えるが、ゼフィールの行方は言わなかった。
ナディアが1人になりたい、だなんて珍しい事だった。ナディアが誰かと一緒に居ない日を、殆ど見た事がない。いつも誰かを気にかけて、寄り添う幼馴染。そんな彼女が。
違和感が、胸の奥に引っかかる。
「僕、様子見てきます。銀狼様、メルをお願いします」
「マキアでいいよ。行っておいで。そんなに遠くには行ってないからね」
「おいでー」
そしてまた、足元に転移魔法陣が浮かび上がった。
◆
本当に不思議な場所だ。自分の居た国とは違う、別の次元にある里なんだと、歩くたびに実感する。植物は物理を無視し、遠くの景色が虹色に輝く。どこを切り取っても、こんな場所は見た事がなかった。
そして気が付くと、ゼフィールの屋敷に辿り着いていた。敷地を進んでいくと、淡い光の粒を纏った小精霊が集まってくる。精霊達は案内する様にアリスティドの目の先で、くるくる飛んでいた。
ついて来い、と言われた様な気がして後を追う。屋敷の裏手に庭園が見えてきた。それと――誰かの話し声も。
思わず物陰に隠れてしまう。だが声の主が誰なのか、理解するのに時間は必要なかった。幼馴染の声。
だけれども聞いた事の無い、弱々しいか細い声だった。アリスティドはその声に耳を傾けながらも、思わず座りこんでしまう。
「――もう、放って、おいてよ……」
「別に構わんが、お前はいいのか?」
「〜〜〜〜ッ! あーもう本当に嫌! アンタなんか嫌いよ!」
「そうか」
(なんでゼフィールも……⁉︎)
ナディアと、横にはゼフィール。意外な組み合わせに、アリスティドは声を上げそうになる。反射的に口を押さえて、息を殺した。
「とにかくもう、良いのよ……。ほら、雛鳥はいずれ巣立つ、でしょう」
「それを決めるのは俺ではない」
「だから、もう良いって……!」
「お前は良くないって顔してるぞ、ナディア」
何の話をしているのか、上手く聞き取れない。アリスティドは身を乗り出して、そして、その光景に目を見開いた。ナディアの瞳から零れ落ちた、雫。目の周りが真っ赤に腫れて、止まる事なく頬を濡らしている。
泣いているのを初めて見た。本当に、初めて。
あんなに強くていじっぱりで、そして優しくて。いつも誰かの――アリスティドが辛い時に、寄り添ってくれる、ナディア。
そんな彼女が、泣いている。
「だって……! だって、私が、守らなきゃって……思うじゃない! アリスは、魔力が人より少なくて、それで」
「あぁ」
「誰よりも私が一番……! 心配、してた……。あの子が――メルが来て、変わっていく……アリスに、置いて、いかれる。私だって、支えたい」
「そうかもな」
「それが嫌って言ってんでしょこの馬鹿ぁ‼︎」
ナディアが振りかざした手は、一直線にゼフィール目掛けて振り下ろされる。だが、瞳を閉じたままそれは止められた。ゼフィールはナディアの手を受け止めたまま、呟く。
「人のいざこざは良く、わからん。だがそれを変える力を持っているのもお前達。じゃないか?」
「……ゼフィール。アンタって、本当に大ッ嫌い」
自分の手を取り返してナディアはまた、静かに1人泣いた。ゼフィールはただ横に座り、目を瞑る。
(ナディア……)
幼馴染の想いを思いがけず聞いてしまったアリスティド。その想いはきっと、アリスティドに直接届けられる事はない。アリスティドが一番分かっている。
でも、それでも聴く事ができた、ナディアの独白。アリスティドもまた、静かに瞳を濡らした。
◆
「おっかえり〜」
アリスティドは、マキアの手によって銀狼の住まいに戻された。広場の泉に着いた途端に、転移魔法陣が勝手に発動したのだ。
「坊や、何か聞けたみたいだね」
相変わらずのしたり顔で笑うマキア。
さっぱりした気持ちを、アリスティドは返した。
「……はい!」
「お? いい表情してるね。宜しい! じゃあー行こっか」
ご機嫌の彼女が楽しそうに、ころころ声を上げる。ナディアもゼフィールも居ないのに、一旦どこへ向かうのか。アリスティドの気持ちをいつも見透かす、確かな光を宿した闇の瞳が答える。
「あぁ大丈夫。君の考えてる事はぜーんぶわかるよん。2人も勿論来るからね」
そして、アリスティドに差し出された白い腕。未来を差し出す、強い眼差し。
「行こう。精霊女王の元へ!」




