20.銀狼の系譜
翌朝。エリューの騒がしさは健在だった。
「んで、ボクは覚悟を決めたッ! ゼフィについていって、精霊の研究を永遠にするってね」
精霊の里にも、昼夜の概念はあるらしい。場所が違うだけだ。普段通りの朝を迎えて、朝食を取り終えた。
今はデザート代わりに、エリューの身の上話を聞いている。
「じゃあエリューは人間でも精霊でも無い存在なのね」
「んー、まぁそう! 半端者になっちゃう代わりに、研究に命を捧げたんだ。ま、ゼフィと契約した内容は、言ったらボクが消滅するから言えないけど……」
「内緒にするから、話してみなさいな」
「話聞いてた?」
ナディアがエリューと話しているのを、アリスティドは眺める。普通の人間、に見える。それはゼフィールも同じだ。精霊だというのが、今だに信じられない。
「あと、ゼフィが今からこの部屋に入ってくるけど、それは契約の共鳴があるから分かるんだよね。思考もたまに読み取れたりする」
「…人権がないのね。可哀想に」
「いや人間じゃないからね」
そこへ会話を遮るように扉が開く。エリューの言う通りに、ゼフィールが入室。アリスティドはまじまじと見つめるが、やはり見れば見るほど、精霊には見えなかった。
漆黒を纏った精霊は、相棒のボサ眼鏡の背後に仁王立ちする。表情から読み取れる雰囲気は、とてもじゃないが近寄りがたい。
「余計な事言うな」
「言ってないよ! 他の精霊と違ってゼフィの家だけは人間の家を参考にしてて、ゼフィが凄く気に入ってるなんて、言ってないよ!」
「言ってんじゃねぇか」
エリューは良く叩かれる男だった。
メルはそれを見て笑っている。
「これからについて、銀狼に話しておこうと思う。お前達もついてきてくれ」
ゼフィールが全員に声をかけた。初めて聞く単語にアリスティドもナディアも首をかしげてしまう。ぎんろうというのは、一体なんなのか。
ナディアが思い出して、声を上げた。
「……あ。昨日ゼフィールが話してた男の子が言ってたわよね。ぎんろうさま、って」
「あぁ。銀狼は、里長の……。代理というか。人の言葉だと、孫と言うのに近いかもしれん」
どうやら偉い人のようだ。里長、と聞いて思わず身体がびくりとなる。
「とにかく、シャルルを敵に回したのは事実だ。今後を考えるには、銀狼に話すのが手っ取り早いだろう」
相変わらず淡々と話す、いけすかない奴だった。平然と語られた王都での出来事を思い出して、アリスティドとナディアは心臓が跳ねた。知ってか知らずか、ゼフィールはメルを見つめている。
視線を感じたメルは目を丸くさせた。
◆
「エリュー」
そう声をかけたのは、アリスティド。里長代理である銀狼の元へ向かう道中、ゼフィールよりも話しやすそうなエリューに声をかけたのだ。
銀狼とはなんなのか、気になって仕方がなかった。それから、心の準備も必要だった。
「銀狼って、どういう人?」
「んー。簡単には言えないけど……強いて言うなら、テキトーな大精霊、だね」
ぽりぽりと頭を掻くエリュー。反応を見るに、どうやら苦手らしい。
「エリューがそう言うなんて、よっぽどなんだな」
「どういう意味⁉︎」
「ほら、ここだ」
ゼフィールが立ち止まり、他の面々も立ち止まる。案外遠くない距離、というか転移してきた場所に程よく近い場所だった。
樹木が不自然に浮かぶ、あの泉。
昨日出会った女を、アリスティドは思い出す。もしかして、と考えだした時、ゼフィールが声を上げた。
「おい、銀狼。入れろ」
『はいは〜い!』
頭の中に響く、鈴のような声とともに、一行は転移した。――まばゆい銀色の光が辺りを包んで、飛ばされた。
「目、開けちゃっていーよー」
――言葉を頼りに目を開けると、先程まで見ていた泉とは別の場所に居た。頭上には生い茂る木々の頭の様な葉っぱの屋根と、そして自然と鼻をつく木の香。柔らかそうな布の椅子に腰掛ける、女が出迎えた。
「やっほーゼフィール。あ、エリューも居るね」
「どうもです、銀狼様」
「かしこまらなくて良いよエリュー。聡い子は嫌いじゃないけど、やり辛いよ。ゼフィールはもう少し愛想良くしな」
「善処する」
気の抜けそうな大精霊達のやりとりだった。それでも漂ってくる魔力の圧に、人間は足が砕けそうになる。立っているのがやっとであったナディアに、気付いた女は凛と発する。
「あぁごめんね。君達は座りな、疲れちゃうよ」
「……申し訳ありません銀狼様。そう致しますわ」
ナディアが冷や汗を拭いながら、跪く。アリスティドよりも魔力量が多い分、感じ取れる魔力量も多い。
「それから、昨日の坊や。また会ったね」
「……どうもです」
アリスティドに気付いたその女は、銀色の髪を艶めかせながら声をかけてきた。長い脚が胡座をかく。
「きっと名乗った方がいいんだよね? あたしは銀狼の系譜、マキア。銀狼本体だけど、銀狼本体じゃない」
見定めるようにマキアが一同を見つめる。闇色の瞳に吸い込まれそうで、自然と鳥肌が立つ。言っている意味は分からないが、敵に回したくない相手なのは間違いない。
それでも自己紹介をしようとしているのに、声は出ず口だけが空振りした。
「あっ大丈夫! あたしは何でも知ってるから、名乗らなくていいよ。アリスティドとナディア、それからメルだね。やっほ〜」
にゃはは、と独特な笑い声を上げるマキア。
「決めたんだね? 坊や」
マキアがにんまりと、笑いかけてくる。
本当に全てを知っている様な口振り。
確かに決めた覚悟を、頷きで現した。
「メルは……メルは、精霊、なんだろ。リムナだとしても……。それでも、メルに家族はいるはずだから。会わせます。必ず」
「にゃはは。宜しい。良いでしょう。その子を導いてあげな。鍵は坊やと、その子だよ」
闇を見つめる大精霊の瞳が、軽やかに煌めいた。




