19.泉の此方
ゼフィールは精霊。
エリューは精霊ではない、元人間。
更に追加された情報に驚き――
「あら、そうだったのね」
「小精霊ってこんなに居たんだな」
「どぇー! 反応薄い〜!」
――は、特段無かった。アリスティドはメルと、精霊と戯れている。静かに冷めかけた紅茶を飲み干すナディア。ごめんなさい、と前置きしてエリューに言葉を投げかけた。
「だって、貴方は今日初めて会ったじゃない? アリスやゼフィールは昔から知ってるから……驚きが深いのよ」
「そんな……! 悲しい……コレあんまり知ってる人いないのに……」
ナディアの言葉に、エリューは泣く素振りを見せつけた。そんな一連の流れを見て、ゼフィールは一瞬口元を緩める。それを分厚い丸眼鏡は見逃さない。
「あっ! ゼフィまで!」
「うるさいぞ」
「痛てッ」
エリューは頭を手の平で押さえつけられたが、痛くはなさそうだった。ゼフィールがそのまま頭に重心を置いて、立ち上がる。精霊だと知った今、前から感じていた威厳が、ずっと重い。
「今日はここまでだな。お前ら疲れただろう。特にエリューのうるささに」
「酷いよ〜」
「エリュー。こいつらに寝床を案内してやってくれ。支度は小精霊――あー。リムナ達が終わらせている筈だ」
「……はぁ〜い。すっかり人間の世界が染み付いたね」
ゼフィールが話を切り上げてくれ、今日はお開きとなった。正直、アリスティドもナディアも酷く疲れていたので、有り難かった。王都で疲弊した身体を早く休めたい。
項垂れたエリューを先頭に、ナディアとメルが続いていく。アリスティドが最後に出ようとした時、不意に呼び止められる。
「おい」
屋敷の主は最初に出会った時と、同じ様に声をかけてきた。その時より、幾分か声色が優しい気がした。無言で振り返り、続きを待つ。
「決めろよ。自分で。――もう引き返せんぞ」
「何を……?」
聞き返してみたが、手で追い払われた。大人しく応接室を出る。勝手に開いた扉が、小精霊によって閉じられるのを見守った。
屋敷の広間にアリスティドは独り、取り残される。誰もいないと自覚した瞬間、メルと出会った日から今日までの事が、鮮烈に頭の中を駆け抜けて行く。
閉じた瞳に力を入れて、足が勝手に屋敷を抜け出した。
◆
静まり返った広場の泉を眺める。この世のものではない景色が、意識をぼかしてくれる。夢の中にいるようだ。
結局、メルの家族に関する情報は、得られないまま。ここにいて良いのだろうか。父は何て言うだろう。自分の意に反して世界が広がって行くのが、恐ろしい。
泉に飛び込みたいような気持ちを抑えて、強く抱えた膝に顔をうずめた。
「おや、坊や。眠らなくて良いのかい?」
知らない声が上から降ってきた。鈴の音のような、軽やかな音。見上げると泉の中央に浮いた樹木、その太い枝にするりと伸びる脚が見える。
女性、だと思う。霧を纏ったような存在に、なんだか身震いしてしまう。
「肩、震えてるね。寒い? あたしが暖めてあげよっか?」
「いえ、結構です。ありがとうございます」
「遠慮すんなよ坊や! これでもあたし、結構あったかいんだぜ〜」
女は露出の多い服を着ており、説得力がまるで無い。よっこいしょと呟きながらふわりと浮いて、音を立てずに地に足を付けた。銀色の髪がしゃなりと揺れて、光を絶えず反射している。
泉のほとりにうずくまるアリスティドの横に、恐らく大精霊であろう女が腰掛ける。漏れた魔力が肌を掠める。女は泉に脚を付け、みずがぱしゃり、と跳ねた。
「何か悩み事〜?」
「いや……その、何と言いますか」
アリスティドは言葉を詰まらせる。初対面の相手に話して良い内容なのかわからず、頭の中がぐるぐるする。
何も無い時間が流れきった後。
アリスティドは、肩を強く叩かれた。
「痛! ……いです」
「だいじょーぶ! あたしは何でも、知ってる。でも、決めるのは坊やだからね」
本当に何もかも知っていそうな、妖しい女だった。叩かれた肩がじわりとする。優しさか痛みかは、分からない。
「ありがとう、ございます」
「にゃはは、あたしはなーんにもしてないよ。坊やが勝手に納得してるだけさ」
「……はい」
決めなければならない事が、いくつも浮かんでは消えていく。時間は待ってはくれないから。
それでも、アリスティドは1つだけ。
これだけは絶対やり遂げると、そう強く決めた。




