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僕の未来を揺るがす、たった一つの祝福の名は  作者: 折亜子
第三章 精霊の里フィン・ラグナリス
20/40

19.泉の此方

 ゼフィールは精霊。

 エリューは精霊ではない、元人間。

 更に追加された情報に驚き――


「あら、そうだったのね」

「小精霊ってこんなに居たんだな」

「どぇー! 反応薄い〜!」


 ――は、特段無かった。アリスティドはメルと、精霊と(たわむ)れている。静かに冷めかけた紅茶を飲み干すナディア。ごめんなさい、と前置きしてエリューに言葉を投げかけた。


「だって、貴方は今日初めて会ったじゃない? アリスやゼフィールは昔から知ってるから……驚きが深いのよ」

「そんな……! 悲しい……コレあんまり知ってる人いないのに……」


 ナディアの言葉に、エリューは泣く素振りを見せつけた。そんな一連の流れを見て、ゼフィールは一瞬口元を緩める。それを分厚い丸眼鏡は見逃さない。


「あっ! ゼフィまで!」

「うるさいぞ」

「痛てッ」


 エリューは頭を手の平で押さえつけられたが、痛くはなさそうだった。ゼフィールがそのまま頭に重心を置いて、立ち上がる。精霊だと知った今、前から感じていた威厳が、ずっと重い。


「今日はここまでだな。お前ら疲れただろう。特にエリューのうるささに」

「酷いよ〜」

「エリュー。こいつらに寝床を案内してやってくれ。支度は小精霊――あー。リムナ達が終わらせている筈だ」

「……はぁ〜い。すっかり人間の世界が染み付いたね」


 ゼフィールが話を切り上げてくれ、今日はお開きとなった。正直、アリスティドもナディアも酷く疲れていたので、有り難かった。王都で疲弊した身体を早く休めたい。


 項垂れたエリューを先頭に、ナディアとメルが続いていく。アリスティドが最後に出ようとした時、不意に呼び止められる。


「おい」


 屋敷の主は最初に出会った時と、同じ様に声をかけてきた。その時より、幾分か声色が優しい気がした。無言で振り返り、続きを待つ。


「決めろよ。自分で。――もう引き返せんぞ」

「何を……?」


 聞き返してみたが、手で追い払われた。大人しく応接室を出る。勝手に開いた扉が、小精霊によって閉じられるのを見守った。


 屋敷の広間にアリスティドは独り、取り残される。誰もいないと自覚した瞬間、メルと出会った日から今日までの事が、鮮烈に頭の中を駆け抜けて行く。

 閉じた瞳に力を入れて、足が勝手に屋敷を抜け出した。



 静まり返った広場の泉を眺める。この世のものではない景色が、意識をぼかしてくれる。夢の中にいるようだ。


 結局、メルの家族に関する情報は、得られないまま。ここにいて良いのだろうか。父は何て言うだろう。自分の意に反して世界が広がって行くのが、恐ろしい。

 泉に飛び込みたいような気持ちを抑えて、強く抱えた膝に顔をうずめた。


「おや、坊や。眠らなくて良いのかい?」


 知らない声が上から降ってきた。鈴の音のような、軽やかな音。見上げると泉の中央に浮いた樹木、その太い枝にするりと伸びる脚が見える。

 女性、だと思う。霧を纏ったような存在に、なんだか身震いしてしまう。


「肩、震えてるね。寒い? あたしが暖めてあげよっか?」

「いえ、結構です。ありがとうございます」

「遠慮すんなよ坊や! これでもあたし、結構あったかいんだぜ〜」


 女は露出の多い服を着ており、説得力がまるで無い。よっこいしょと呟きながらふわりと浮いて、音を立てずに地に足を付けた。銀色の髪がしゃなりと揺れて、光を絶えず反射している。

 泉のほとりにうずくまるアリスティドの横に、恐らく大精霊であろう女が腰掛ける。漏れた魔力が肌を掠める。女は泉に脚を付け、みずがぱしゃり、と跳ねた。


「何か悩み事〜?」

「いや……その、何と言いますか」


 アリスティドは言葉を詰まらせる。初対面の相手に話して良い内容なのかわからず、頭の中がぐるぐるする。

 何も無い時間が流れきった後。

 アリスティドは、肩を強く叩かれた。


「痛! ……いです」

「だいじょーぶ! ()()()()()()()()()()()()。でも、決めるのは坊やだからね」


 本当に何もかも知っていそうな、(あや)しい女だった。叩かれた肩がじわりとする。優しさか痛みかは、分からない。


「ありがとう、ございます」

「にゃはは、あたしはなーんにもしてないよ。坊やが勝手に納得してるだけさ」

「……はい」


 決めなければならない事が、いくつも浮かんでは消えていく。時間は待ってはくれないから。


 それでも、アリスティドは1つだけ。

 ()()()()()絶対やり遂げると、そう強く決めた。


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