01.村の掟
「……んん……」
眩しい陽の光で目が覚めた。窓の隙間から溢れる光が気持ち良い。起きよう、そう思い身体を起こ――
「おっ……重っ……」
――せなかった。そうだ。
そういえば昨日、幼女と出会ったのだ。すうすうと心地良さそうに寝息を立てている。どうしたものか。まず状況を整理する。
15歳の誕生日である昨日、森が炎に包まれた。魔力を封じられた彼は何もできず、誰も来ず、突如現れた幼女が魔法を使い、鎮火してくれた。
そして親も見当たらない。試練を行う場にある、この別宅に連れてきた。
こんな具合だ。何が起こったのか把握しようにも、しきれない。
森が焼けた灰色のにおい。
月の明かりが照らした赤い炎。
思い出して、また胸の奥が締め付けられる。
森について考えたいが、まずこの子の親を探すべきか、はたまた習わし通り娶らねばならぬのか。それを判断するのはアリスティドではなく、神父であり村長である、父の役目なのだが。今、アリスティドが出来る事はなにもない。
それに、目の前にいる幼女。いくら村の掟とはいえ、この子を巻き込んでしまって良いのだろうか。考えようにも、追いつかない頭を抱えた。
こういう時は、だ。
「もう一眠りしよう」
幼女は気持ちよさそうに寝ている。迎えも来ないし、きっと大丈夫だろう。
心境に反して目蓋がとろりと重くなっていった。
「おやすみなさいまし〜……」
「二度寝は許さないわよ!」
「痛った」
ポコン、と殴られた。折角もう一眠り出来そうだったのに。と、眉間にシワを寄せながら、薄く目を開ける。
「早く起きなさい、アリス」
「……なんだ、ナディアか」
「なんだとはなによ、なんだとは!」
この少し、いや、かなり気の強そうな女性は、アリスティドの幼馴染み。アリスティドより2つ歳上の17歳と若いながらも、王都に呼ばれるほどの実力を持った魔女。
なにかと世話焼きで、こうして試練中のアリスティドの魔力を一日封じ込める役も買って出てくれた。
そして、その解除も彼女の役目である。
「来るのがずいぶん早くないか?」
「そうかしら……ってその子、えっ?」
「……ちょっと待って」
話をするべく幼女を起こさないよう、アリスティドは上体だけを起こす。話を進める前に、確認しなければならない事がある。
「その前に……村のみんなは無事なのか?」
昨日のあの火事。
何が発端だったかは判らない。だが夜が明ければ、皆が異変に気付くだろう。
それ程までに、燃えていた。下手したら村に火が燃え移っているかもしれない。可能性はゼロでは、ない。
ナディアがこうして来てくれたので、心配する事でもないのだろうとは思う。それでも、念の為に確認はしておきたかった。
「……ナディア?」
返事がない。やはり想像以上に燃え広がってしまったのだろうかと、アリスティドの胸はざわついた。そんな心配とは裏腹に、幼馴染みはきょとんとさせた眼差しを向けている。
「……なんのこと?」
「……え?」
「え?」
両者が、何を言ってるんだコイツ、という顔をしながら。
「「…………え?」」
状況が飲み込めず、お互い言葉を待っていた。
なのに何も言わないものだから、次の発声が揃ってしまう。最初に話を切り出したアリスティドから、次の言葉を紡いだ。
「昨日、恒久の森が燃えたよな?」
「はぁ? 燃えてないわよ」
バッサリ切り捨てられる。
恒久の森というのは、昨日燃えた森の名称だ。
古くから村と生き続けた故、いつの間にかそう呼ばれていて。そして、これからも呼ばれ続ける。
いくら恒久であろうと、燃えるものは燃えるし、アリスティドもこの目で確かに見たのだ。その森が燃えて朽ちるその様を。
だがしかし、燃えていない、とナディアは言う。
ナディアの瞳は真っ直ぐにアリスティドを見つめていた。偽りはないのだろう。
夢でも見ていたのだろうか。だが、燃えていた森を鎮火してくれた幼女が今、目の前にいる。アリスティドが幼女に目線をやると、ナディアが口を開いた。
「その子、なのね」
「うん」
アリスティドの妻となる女性、という意味である。この子がいる以上、昨日の事は夢であった、なんて到底思えない。不安が身体を包んでいく。ナディアも不安そうに、アリスティドを覗き込む。
「……誘拐でもした?」
「違うわ‼︎」
「だって、いくら掟を守る試練だとしても……あまりに小さすぎると思うわ」
確かに、とアリスティドは呟く。
アリスティドは昨日で15歳。そして彼女は見た感じ1、2歳と言ったところだろうか。嫁入りする女性が若いのは珍しい事ではないが、それにしても若すぎる。
そして、昨日の出来事が無かった事になっているのであるならば。この幼女はどこから湧いて出たのかと。
ナディアは愚か、村の皆もそう思うだろう。この試練ってこんなに大変なのか、とアリスティドは心の内で消沈した。
「……とりあえず、アリスの封じた魔力を解除しましょうか」
ナディアは、自身の右手をアリスの額にかざす。
本来私はその役目も兼ねてここに来ているのだから、と付け足して。
中指には、綺麗な装飾が施されたルビーの指輪。朝日に負けない光を放っている。じわりと額から温かい優しい魔力が、流れ込む感覚。
目を瞑りながらそれを噛み締めた。普段あるものが、その手の内にあるのとないのでは、何かが足りないような気がしてしまう。
「…………あら?」
ナディアが呟く。どうしたんだ、と問おうとした時。同時に、温かな力が急速に冷めた。戻ってきているはずの魔力が、再び封じられてしまった。
「んー!!!!」
アリスティドとナディアは、その声が聞こえた方を向く。幼女が、2人の間に――ナディアから、アリスティドを守るように両腕を広げて座っていた。
顔を可愛らしくぷりぷりさせながら。




