18.祝福の片鱗
「因みに、ミオっていうのはリムナ達の、人間に対する呼び方ね」
エリューは横からの視線を気にせず、話を進めた。ここに来てとんでもない事実をぶち込まれ、話が上手く入って来ない。
「精霊と、人間……か。ゼフィールが精霊だったなんて、気が付かなかった……」
「人並み以下の魔力しかないお前に、感知は無理だ。仮にナディア・ノイレンヴァインの魔力量だとしても、気付く事はないだろうがな」
すましたようにゼフィールが淡々と述べていく。自身達より高位存在の彼に、今は言い返す言葉も浮かばない。
アリスティドは自然に拳を固く握った。気が付かなかった。それだけの事なのに。非力な自分が、底無し沼に沈んでいく。
「んで、ここからが本題!」
ぱん、と手を叩き、エリューは立ち上がる。そしてゆっくりと部屋の中を歩きだす。
アリスティドはその音に反応し、止まっていた息を大きく吸う。心臓の鼓動が跳ね出して、つい姿勢を正してしまった。
「もうそろそろ起きても、良い頃合いだと思うんだけどなー。ゼフィこの子になんの魔法かけたの?」
ゼフィールが魔法をかけただろう、と言わずもがな断言し、眠り続けるメルをじっくり眺めている。かけられた魔法の術式を見ている様に見て取れる。
「ずっと寝とけ」
「はあっ⁉︎」
眼鏡が割れそうな勢いでエリューが飛び跳ねる。少しの憤りを混ぜながら、ゼフィールの首根を掴んで、激しく揺らした。周りが騒がしいのに、メルはすうすうと寝息を立てるだけだ。
「そんなのほぼ起きないじゃんか‼︎ 早く起こしてよ!」
「……はぁ。そいつが起こせばいいだろう」
「あ、そっか!」
エリューは掴む手をパッと離し、続いてアリスティドの元へ。忙しなく動く彼は、まるで新しい玩具を貰った子どもの様だ。
ソファに両肩を押さえつけられたアリスティド。楽しげな彼とは裏腹に、何故か気が咎められ体をこわばらせた。
襟を正しながら、肘置きに腕を預けたゼフィール。品定めをするように、ただただ静観している。
「この子を起こして! じゃないと話が進まないんだよ」
「えっ、でも、どうやって……?」
「簡単な話だよ。いつもみたいに、やったらいいさ」
(いつも、って? 普段なら、)
隣で眠る幼女の横顔は、最初に出会った頃よりも、幾分か、大人びていた。長い睫毛が、アリスティドの心臓をどきりと跳ねさせる。
震える手で、そっと幼き彼女に、手を伸ばす。
「……メル、起きて良いよ」
そう言葉をかけて、メルの肩を揺すった。肩に当てたアリスティドの手の平が、じんわりと温かくなり始める。心が安らいでいく。
しかし、メルは起きないまま。
このまま永遠に起きないような落胆した気持ちが、ナディアを自然に立ち上がらせた。
「起きないじゃな――」
「シッ! 静かに。見てて」
思わず口にした不安は、遮られてしまう。自身の口元に、人差し指を立てたエリューは好奇心を抑えきれず、笑っていた。
手の平を起点にし、桃色の光が強まっていく。アリスティドの瞳が焦点を霞ませて、ぽつりと口は勝手に動き出す。
――誰かに呼ばれている。
そんな感覚だけを添えて。
『――主よ。眠りから逃れ給え』
2人を包んだ光が一等強まり、そしてすぐに消えてしまった。ナディアだけがただ呆然と、その光景を眺める。
眠り続けるだけだった幼女。眉を歪ませながら、その瞳をゆっくりと開ける。
「ん……? あ、アリス! おはよー」
「――え? あ、ん? お、おはよう。メル」
アリスティドは反応して、預けていた意識を引き戻す。出会った頃よりも、格段に話す様になったメルが、声をかけてくる。
微笑みかけてくる彼女はまるで、神が現れたかの様に眩しかった。思わず、視線を外してしまう。
そして周りへと視線を移した。ナディアが複雑そうな表情をし、ゼフィールは目を瞑り、エリューが瞳をキラキラと輝かせる。
その周りに漂う複数の、淡い光。
「うわなにこれいっぱい居る⁉︎」
アリスティドは、驚愕の声を上げる。先程まで室内に存在していなかった、淡い光達。歓迎するかの様に、周りに寄ってくる。
何故自分に、そしてメルの周りに集まるのだろう。
「わー! かあいい!」
「アリス、貴方、小精霊が見えるようになったと言うの……?」
「わぁ! これが祝福かぁ。ね、ゼフィ!」
「……そうだな」
各々が声を上げる。だが、その声は頭の中を抜けていく。自分は一体どうなってしまったのだろうか。
状況を飲み込もうとして気が付く脚の震え。アリスティドは、内から湧いてくる小さな怯えを自覚した。自分が変わってしまう事への、小さな恐怖。
その脚に置かれた、小さくて暖かい幼い手。
「アリス、らいじょーぶ?」
その瞳は安心を憶える、小さくて確かな優しい瞳だ。けれど、今は森で迷子になったあの時のような、とても大きな存在に思えた。
喉を鳴らして、息を呑んだ。
「やー。遂に姫が起きたね、アリスくん! 核はちゃんと機能してる。うんうん」
空気を読まないのか、読まないフリをしているのか、男が話を区切った。満面の笑みを浮かべて、すこぶる機嫌が良い。
「良いものを見させてもらったよ。……じゃあ改めて、ボクとゼフィについて、少し話をしよう。まず初めに、ボクは精霊じゃない。でもって――」
にへらと笑うエリューは、何処かぎこちない。
「元、人間なんだ」




