17.精霊の里
ひりひりと痛む額を抑えながら、屋敷へと入る。手の平に血は付いていないようだ。最後に入ったアリスティドを感知したかのように、玄関の扉は勝手に閉まった。
主の帰りを待っていた屋敷の、全ての明かりが灯る。アリスティドの魔力量では到底敵わない、技術の洗練された自動魔法だった。
蝋燭に灯った火のゆらめきが、この不思議な空間を演出していて、やけに緊張してしまう。
屋敷のすぐ右手にある応接室に通され、ふかふかのソファに腰掛ける。案内してくれたのは、ゼフィールでもエリューでもない。正確に言えば扉が勝手に開いた。アリスティドは目をまんまるにしながら、ナディアへ耳打ちする。
「なぁ、この自動魔法すごいな」
「……え? ……あぁ。そういう事ね」
アリスティドの言葉を聞いて、ナディアは手をかかげた。もてあそぶような仕草だが、何と戯れているのかは、分からなかった。
「アリス、この子達視えてないんでしょ」
「えっ?」
「精霊よ。小精霊。たくさん居るわ」
小精霊は空中に漂っているようだ。だが、魔力が弱いアリスティドには視る事ができない。
「そいつらをこの家に住まわす代わりに、色々やってもらっている」
ゼフィールが深く、くつろぎながら答えた。ゼフィールもナディアも、小精霊とやらが視えているらしい。表情はなるべく変えずに、心の奥底でアリスティドはひっそりと、自身の魔力量の少なさに嘆いた。
「さて、何処から話そうか」
そう切り出すのはゼフィールの低い声。1人掛けのソファで脚を組みながら、肘置きに腕を預ける。
「そう、ですね……。この街について、知りたいです。ここに来るまでの……街の人の反応も気になるし」
アリスティドが答える。
見た事も聞いた事もない、不思議な街。見惚れる程に綺麗な景色だった。だが、すれ違った人々の驚き、戸惑い、畏れ。様々な表情が、頭の中をちらつかせた。
「この地か。まず人は簡単には、立ち入る事は出来ない。出来ないし、許されない。名前はフィ――」
「お茶が入りましたよーー!!! お待たせ〜!」
扉を蹴破る勢いで入室したエリューが、話の腰を折った。テキパキと全員の目の前に、紅茶入りのティーカップを配置。ゼフィールの後ろに素早く控える。
「お前は相変わらず間が悪い男だな」
「いってー! でも懐かしい!」
ゼフィールは額に薄っすらと血管を浮かせながら、裏拳を一発、エリューの腹に入れた。自分と幼馴染の姿を2人に重ねて、アリスティドはぽつりと呟く。
「仲良いんですね」
「どこがだ」「仲良しです!」
そんな3人の騒がしいやりとりを、ナディアは紅茶で喉を潤しながら流した。そして一言。
「本題に入ってくださる? ゼフィール卿」
「「「…………」」」
ピシャリと放たれた言葉に、3人は一瞬で制止する。ナディアの口元は笑っているが、瞳は怒りを写していた。
「貴方、どこまでアリスの事を調べたの?」
「……」
ナディアの問いにゼフィールは、ただ黙る。しん、と静まり返る応接室。エリューは居心地悪そうにうろうろと、そわそわとしながらゼフィールの顔色を伺い、物音を立てないようソファへと腰掛けた。
アリスティドは、ナディアを見守る。
「精霊を奴隷のように扱って、さぞかし愉快だったでしょうね」
「――フィン・ラグナリス」
「……え?」
目蓋は閉じたまま、ゼフィールが呟いた。長い前髪が顔を隠し、表情は上手く読み取れない。
「人の言葉では『精霊の里』と呼ぶ。俺達にとっては、フィン・ラグナリスだ」
「精霊の、里……」
言葉を反復させたのはアリスティド。精霊の住まう地。ならば、ここに辿り着いてからの情景や、人々の反応全てに合点がいく。
「つまり僕達は、拒まれるべき存在、だと」
きゅう、と腹がつっかえるような感覚を、手で強く抑えた。精霊の里に立ち入ってはならない存在。街の人々、いや精霊達の、拒絶ような反応が頭の中を巡っていく。
しかし、先程エリューから言われた祝福という言葉。拒まれた事とは正反対の言葉に、再び額が痛んだ気がした。
「ゼフィはそこまで言ってないよ。アリスくん」
顔を上げると、エリューと目が合う。眼鏡の底から覗く眼差しは、先程とは別人のように真剣だ。自身で淹れた紅茶に口をつけ、美味いと呟く。
「昔から言葉足らずだよねぇ、ゼフィは。それにアリスくんは、悲観的と言うか消極的と言うか……。もう少し自分に、自信を持っても良いと思うよー」
「すみません……」
「謝る事は何もないよ! ゼフィ、ボクから話続けちゃっても良い感じ?」
エリューは問いかけるが、屋敷の主は無反応。手を組み、変わらず瞳は閉じている。
「了解! じゃあ話を進めるね。えっと――」
「今のは肯定なんですか⁉︎」
どう見ても無視したので、思わずナディアが話を遮ってしまう。
「まぁまぁ聞いてよ。まず、君達はゼフィが連れて来た時点で、フィン・ラグナリスには受け入れられてる。その点は安心していいよ。もっとも、リムナが認めるかは、別の話だけどね」
「リムナ、って?」
「リムナはゼフィ達の種族としての呼称だよ。精霊って言うのは、あくまでキミ達側の都合って奴さ」
ん? と、アリスティドとナディアは、言葉に引っかかりを感じた。『ゼフィ達の種族としての呼称』それがリムナ。ここまでは分かる。
だが、それだと、つまり。
「ゼフィールって、え、精霊、なんですか⁉︎」
「あれっ? ゼフィ言ってなかったの? 本当に言葉足らずだねぇキミは。ていうかキミ達も気付きなよ! どう考えてもミオから見たら、ゼフィは規格外でしょ!」
腹の底から大笑いするエリューを、獲物を狙うような眼光でゼフィールは睨み返した。




