16.祝福の観測者
「目を開けろ、もう着いた」
ゼフィールの声を皮切りに、アリスティド達はゆっくりと目を開けた。
「うわっ……なんだ、ここ」
「不思議な場所……」
アリスティドとナディアは鳥肌が立ち、感嘆した。霧が空を覆い、どこからともなく滝の音が反響する。街の中心らしき場所には、周囲が正確に整えられた煌めく泉。
更にその中央――物理を無視するように、木が一本浮いている。どこまで続いているかわからない向こうの景色は、絶えず虹色に光を反射して、この世の物とは思えない程に。
「――綺麗だ……」
アリスティドは息を呑みながら、呟く。
無言でそれを見つめるゼフィール。感慨に沁みる2人の間を割いて、再び歩き出した。
「あ、ちょっと待って!」
「ここに連れてくる奴は、総じてそう言うんだな」
「え? それってどういう……?」
「…………」
ゼフィールはアリスティドの問いかけを無視して歩を進めて行く。初めて来たこの場所で、はぐれないように駆け足で追いかけた。
広場を進んで行くと、徐々に家のような建物が見えてくる。その形は、真っ直ぐだったり、曲がっていたり、多様だ。出歩く者は少ないようだが、それなりの集落である様子が伺える。すれ違う人々をちらり見ると、驚きの表情や声を上げる者、睨んでくる者もいた。
その中から大人の制止に聞く耳を持たずに 、1人の男の子が近付いてきた。
「ぜふぃーるさま、かえってきたの?」
「あぁ。少々厄介事に巻き込まれたがな」
そう話しながらゼフィールは、男の子の髪をくちゃりと撫でる。今まで見てきたどの表情よりも、穏やかな顔だ。
「そんな顔するんだ」
「うるさい黙れ」
ゼフィールと男の子のやり取りに、心和むアリスティド。しかし視界に入ったものが、それを覆す。
「――――羽……?」
男の子の背中にある、小さな羽のようなもの。
半透明のそれは、感情に連動して小さく動く。
「はね? ……あ、おにーちゃんたちにはないんだね。あれ、ぜふぃーるさま? も? ぎんろーさまにとられた?」
「俺にはもう無いよ」
再び氷の冷たさを帯びた、ゼフィールの表情が口角だけを上げ、その場を後にする。
男の子の姿が見えなくなった頃、ゼフィールは丘の上に佇む屋敷の前で立ち止まった。
「ここが俺の家だ」
「……昔から言葉足らずだとは思っていたけれど……。その前に! ここは! どこなのよ!」
景色に見惚れていたナディアだったが、ついに声を上げた。メルが起きそうな勢いだが、変わらず夢の中だ。
「あ? 俺の故郷だよ。人の言葉で言うなら、フィン――」
「あっれー? 誰かと思えば、ゼフィじゃないか〜。久しぶりだねぇ」
屋敷の方向から現れた男が、話を遮った。櫛の通っていない乱れた色素の薄い髪に、分厚い丸眼鏡。白衣のような服を来て、不恰好に立っている。
「エリュー」
後ろを振り返るゼフィールが、男の名前を呼ぶ。
「真面目に何十年ぶり? って感じだよね。もう帰ってこないと思ってた!」
「嘘付け」
「残念! ボク嘘付いたことないよ〜ん。……あれ? あれあれあれあれ?」
ゼフィールと再会を果たした男、エリューは物珍しそうにアリスティドの目前に、駆け寄ってくる。
「は、初めまして」
「はい、初めまして! えーっと〜、キミがこうでこの子がそうでふむふむなるほど〜」
何かを考える仕草をしながらアリスティドとメルを交互に、時折ナディア、ゼフィールを見ている。アリスティドは初対面のその対応に、つい後退りしてしまう。
「おっと逃げないでね〜。もう少しで視えそうなんだな……っと!」
眼鏡を数回掛け直したエリューが大声で叫んだ。
「ゼフィ! また人間を連れてきたな! ウチじゃあもう飼えませんよ⁉︎」
「飼うつもりはない」
「本当に言ってる⁉︎ こんな逸材を引き連れてきておいて⁉︎ やるねぇ〜」
「……静かにしろ」
ゼフィールは腕を組み、呆れたように瞳を閉じた。アリスティドの目に見えたのは、エリューの夜空よりも輝いている、瞳の眩しさだった。
「いやだってさ! 大親友のキミが、久しぶりに帰って来たと思ったらだよ! まさか祝福持ちと一緒なんて想像出来ないじゃん‼︎」
「調べ物があると、連絡した筈だが」
「その連絡、ボクに届いてませーん」
そんなやり取りをひとしきり眺めた後、気まずさと共にアリスティドは聞いてみる。
「あの……彼は?」
ゼフィールが溜息をつきながら答える、その前に。エリューと呼ばれた男が、先に口を開いた。
「あーごめんねー! ボクはエリュー。ゼフィの大親友やってます!」
「大親友ではない」
「またまた照れちゃって〜。普段はゼフィの補佐みたいな、そんな感じだよ! キミ達の名前は? なんて言うの?」
ずれた眼鏡をクイと上げながら、にっこり笑いかけてくるエリュー。情緒に飲まれそうになりながらも、なんとか口を動かす。
「えと、僕はアリスティド」
「私はナディアです。よろしくお願いします」
「ふむふむ、よろしくっ! この子は?」
「この眠っている子は、メルです」
アリスティドの紹介を聞いた途端、そわそわしていたエリューが、ピタリと静止した。メルを指差し、眼鏡の奥の瞳が鋭くなる。
「……もしかしてキミ、この子に名前付けた?」
「メルの事ですか? なんで分かる、ん⁉︎」
「すっげ〜〜〜〜!!」
いきなりアリスティドに抱きつくエリューと、困惑で心臓が止まりそうになるアリスティド。ナディアはついていけず、頭を抱えた。
「そうかだから祝福が! へー。いつどうやってこの子と契約したの? 多分それで発動してるよね。うわー、だからキミの核はそんなことになむ」
「エリュー。悪い癖だぞ、少し黙れ」
エリューの口は、ゼフィールの手によって塞がれる。アリスティドから無理矢理剥がされたが、それでも喋ろうともごもごしながら、腕を忙しなくばたつかせていた。
「ここで話していても、拉致があかん。一先ず家に入って休め」
ゼフィールがアリスティド達に声をかける。
「ぶはっ! 死ぬかと思った! じゃあボクはお茶淹れてくるよー!」
ゼフィールの手をなんとか剥がしたエリューは、その勢いのまま、先に屋敷に戻って行ってしまった。横目で追いながら、ゼフィールが呟く。
「あいつうるさいだろ」
「あ、え……まぁ、元気を貰えるのは、確かです」
「物は言いようだな」
ふっと笑いながら、屋敷に向かうゼフィール。アリスティド達も後を追う。
(祝福……ってなんの事なんだろう)
エリューの言葉に素朴な疑問が浮かぶ。メルに名前をつけた事が、何かに触れてしまうのだろうか。それだけが気がかりで、考えながら歩いていたら、屋敷の柱に激突した。




