14.疑念の笑顔
国王・シャルルの言葉を、アリスティドの頭は上手く処理する事ができなかった。ナディアもそれは同じようで、ただ固まるのみ。ゼフィールがそれに気付き、声をかける。
「どうした? 名案だと思うが」
「……えっ、と……」
なんとも言えない感情が、じわじわと生えてくる。村の掟、父から託された事、ナディアと共にメルを連れて来た事――。
全てがかき混ざって、身体中を埋め尽くす。メルを連れて王都まで来たのは、まず家族を探し出す事。
村の掟なんぞは二の次だが、出会ったからには探し出さねばならない。アリスティドなりの責任を、放ることになるのだろうか。
「なに、心配はいらぬ。何不自由ない生活を、其方達に保証しよう」
シャルルは相変わらず、メルだけを見ている。
(誰と話しているんだ)
目の前で起きている事が、よくわからない。
何故、メルしか見ていないのだろう。
シャルルはおもむろに、メルへと両手を伸ばす。抱き抱えようとしている。気付いたメルが声を上げた。
「いやっ!」
バチン、と。
突如、強烈な眩しい光が辺りを埋め尽くした。その場にいた全員が目を瞑る。瞬間、アリスティドの脳裏に、銀色の光が発した言葉がよぎった。
『その子を必ず護れ。貴公に託すのは、あの御方の意向である』
次に目を開いた時、メルはアリスティドの背中に隠れていた。微かに震える身体を背中越しに感じる。
「おやおや驚かせてしまったかな? 可愛らしくて、ついの」
喉を鳴らし笑うシャルル。閃光が辺りに危害を加えたりは、していないようだった。しかし今のでアリスティドは確信した。
この男に、国に――メルを預けることはできない。メルを怯えさせてまで、差し出す必要などない。自分を頼ってくれるのならば、自分達でなんとか探し出す。
それからあの銀色の光が必ず護れと発した言葉。
今こそ従うべきだ、と直感が告げてくる。
考える前に、口が勝手に動き出す。
「申し訳ありません、陛下。それはできません」
「……ほう? 今、なんと?」
「この子は、メルは……僕達で面倒を見ます。親探しに御協力いただけるのでしたら、本望です。しかし、預けることは、できません」
「…………そうか」
シャルルの笑顔の隙間から、光が消えた。
「残念だ」
一歩、二歩と後退りしながら、左手を上に掲げるシャルル。両脇に控えていた兵士達が、それを待っていたかのように3人に突っ込んで来た。
「ちょっ⁉︎」
ナディアは反射的に、右腕をくるりと振るう。
媒介である指輪に魔力を伝わせ、半円形の障壁を展開した。突然現れた壁に兵士達は激突。金属が擦れる音が、よろめき転ぶ。
ナディアの反応速度が早すぎて、アリスティドは思わず薄笑いを浮かべた。
「流石です。お姉様」
「気持ち悪いわアリス。それより私、魔法使っちゃった……許可降りてないのに……」
ははは、と乾いた笑いを上げながら、宙を見上げるナディア。メルはそれを見て楽しそうに、はしゃいでいる。
アリスティドは震える手で、服に忍ばせていた折り畳み式の短い杖を取り出す。緊急用に常備しているものだ。
「そうは言ってられない状況になったろ、これ」
「どうなってるのよ一体……」
ナディアの呟きと共に、兵士達は起き上がり再び剣や杖を構える。
「ゼフィール! 加勢せよ!」
「はぁ……」
他人事のように棒立ちで眺めていたゼフィールに、シャルルが声をかけた。ゼフィールはゆっくりと歩き出し、気怠く右手を上げる。人差し指だけをくいっと動かすと、ナディアが展開した障壁が一瞬で消えてしまった。
「そんな……!」
唖然とするナディア達を他所に、兵士達とゼフィールは近付いてくる。ゼフィールは兵士達へ静止を促し、次の言葉を発する。
「…… 拘束する鎖を」
ナディアが反応するよりも速く放たれた魔法。5本の漆黒の鎖が床から現れて、メルだけを押さえつけた。ゼフィールは鎖を制御するかのように拳を握りながら、目線だけをシャルルへ向ける。
「子どもになんてことを!」
「やぁあ!」
ナディアとメルが声を荒げる。
己の腹の底から登ってくるなにかを、アリスティドは感じていた。
なんだこれは。
(どういう事だこれは、何故陛下は僕たちを? 父さんが言っていた協力ってこの事? いやそんな事よりも、)
ぐるぐると巡る思考の中で、1つだけ自分がやらなければならないこと。
メルを守らなければならない。それだけは解る。
銀色の光に言われたから、というのもある。でも、初めて出会ったあの日。森とアリスティドを護ってくれたメル。
「次は僕が護る番だな!」
決意と共に杖を振りかざし、唱える。
「――鎖よ消えろ!」
淡い光が、杖の先から放たれた。
しかし、元々の魔力の質量が、足りない。
鎖に向かった光は、ことごとく弾かれる。
「アリス!」
声のした方――メルへ目をやると、メル自体が発光していた。淡い桃色の光だった。その淡い光は、アリスティドにも現れる。自分のモノではない魔力が全身を駆け巡る感覚。しかし。
(これを、僕は知っている)
歯を食いしばり、再び杖を振るった。淡いだけの光だったその魔法は、桃色をまとった光の矢に変わる。そして、ゼフィールの漆黒の鎖を次々と貫き、消し去ってしまう。
「……ほう」
ゼフィールの片眉が上がる。今まで無関心だった彼の顔つきが、初めて変わった。
解放されたメルは、再びアリスティドのそばに来る。今度は離れないように、強く服の裾を握って。ナディアも2人を守れるよう、両手を伸ばして辺りを強く睨んだ。
「素晴らしい! ゼフィールの報告通りではないか!」
静まり返った謁見の間に響く、称賛の音。
乾いた拍手はすぐに収まった。
「ゼフィール、その子を私に早く寄越しなさい」
シャルルは1人語りだし、ゼフィールはただ無言で、その様子を眺める。
「あとの2人はどうでもよい。地下へ幽閉、国外追放か。あるいは――」
歴史上最も優しい王と呼ばれる男の、冷たく鋭い影がこびりついた眼差し。
「殺せ」




