12.怒りの建国祭
翌日、建国祭まであと2日。
「あれっ君たち確か昨日来た……ごめんっ! 今日も通してあげられないよ〜!」
「えぇっ⁉︎」
「なっ……⁉︎」
昨日同様に立っていた、ふくよかで優しそうな門番。困り顔で、謝罪をしてきた。
◆
さらに翌日、建国祭まであと1日。
「申し訳ありません! 本日も謁見は中止であります!」
「「…………」」
6人並んだ若い門番の内、1人から告げられる。今までよりも厳重な警備だが、アリスティドもナディアも返す言葉が上手く出てこない。
貴族街を抜けた先の階段にできた長い列をやっと抜けてきたのに、と揃ってうなだれた。
「急に謁見ができなくなったのは、それなりの理由があるんですよね?」
アリスティドが静かに口を開く。怒りからというより、違和感を覚えたから、の方が正しいだろう。何故、連日断られるのか。
門番たちの反応からすると、建国祭前だからという理由ではなさそうだ。アリスティドの淡々とした瞳を捉えた若い門番が、緊張したように姿勢を正す。
「はっ! 誠に申し訳ありません! 国王様がせもごっ!」
「馬鹿野郎! 殺されたいのか!」
やけに生真面目な門番1の口は、同期らしき門番2の手によって封じられる。
「すみませんが、お引き取りを」
冷静を保った門番3が代わりに口を開く。断固として、城へ入ることを拒否されてしまったのだった。
◆
「――――……ッ駄目だ待てない!」
机に両手を叩きつけ、勢いよくアリスティドは立ち上がった。食事中のメルの小さな手からパンがこぼれて、悲しそうに床を見つめている。
「びっ……くりした。アリスがそこまで怒るの、久しぶりに見たかも」
そう言って、ナディアは目をまるく見開いたまま固まってしまった。
「あっ驚かせてごめん、つい……。メルもごめんな。でも、流石にこれはないだろ。絶対なにかあるって」
「それはそうだけれど……私達には関係ないわ」
「関係なくても明日、なんとかして国王に会う」
ナディアは目を瞑る。言い出したら止められない。
首を横に振り、アリスティドに向き合う。
「私もここまで一緒に来たからには、なんとかするわ。幼馴染特別料金よ」
「ありがとう。……大人なったら払うよ」
子どものわがままだと思う。けれど、王都で自分達だけでメルの家族を探すのも限界がある。ここに来て十分分かったつもりだ。
建国祭前で人が溢れかえった街を、進むだけで手一杯な自分の力不足に苛ついてしまう。無意識に歯を食いしばる。結局まだ、大人になりきれない。
――――そして建国祭は、初日を迎える。
今までよりもずっと早く起きた一行は、まぶたをこじ開けて城へ向かう。日が昇り切っていないというのに、街は人で溢れている。
風が運ぶ、屋台から香るお腹が空きそうな匂い。
浮かれた若者たちの笑い声。
到着した馬車の軽快な足音。
全てが自分たちを、鼓舞しているような気がする。
(絶対に国王に会って話をつける)
アリスティドの意思は、まるで鋼の如く固い。手紙を開封してしまったことについては、未だ弁明を考えている最中である。情けない話だ。
けれどもアリスティドはもう、区切りをつけていた。自身の将来を決める通過点として、避けることが出来ないとして。
「よし、国王に会うぞ!」
「了解!」
「あい!」
3人揃って着実に一歩を踏み締める。しかし貴族街に着いた時、思いがけない光景が広がっていた。
「なんだよ、これ……」
王宮の入り口から貴族街までを、結ぶ階段。そこへ長蛇の列ができ、人で溢れている。
怒号、絶叫、悲鳴、阿鼻叫喚。
最後尾は貴族街の門辺りにまで伸び、兵士が整列させながら陣取っている。商業地区の楽しさとは真逆の光景に、アリスティドは呼吸を忘れそうになった。
「すみません、これは一体なんなんですか?」
「あー……君も謁見しに来たの? それとも抗議に参加して来いって言われた口?」
「抗議、ですか」
アリスティドは2人を離れた所に待たせ、兵士に話しかける。初日に出会った無愛想な門番だった彼は、酷く疲れていた。深い隈と痩けた頬が目立つ。
「そ。屋台を出してる奴やギルドの奴ら、貴族様なんかもいるよ。みんな謁見出来ないもんで、怒り狂ってんのさ」
溜め息を深く吐きながら、兵士は腰を捻って疲労回復に努めている。どうやらこの状態に限界なのは、アリスティド達だけではないようだ。
「……こうなるとは思っていたけれど、想像していたよりも人が多いわね。どうする? 強行突破する?」
「え、うーん、それはちょっと、いやでもな……」
ナディアへ事情を説明するが、現時点で国王に会えそうにもないのは明白だった。絶対話をつける、と決めたものの、目の前の地獄のような光景が意思を弱くさせる。
「結局僕には、なにもできないじゃないか」
呟いた言葉を否定するように、自然と拳に力が入る。状況を打破する力が無い現実が、苛立ちを加速させた。
自分自身の力でなんとかしたい。思うのと同時に、握りしめた手を優しく包む、小さな手。
「……メル?」
「あいす、らいじょーぶ」
メルのぶれることの無い真っ直ぐな瞳が、頭の奥を覗くようにこちらを見つめていた。指先から全身に、温かい空気がじわりと広がる。
それに気付いて、続けて声をかけようとした。
だがメルの視線は既に別の方へ向いていて、先程までとは真逆の眼光だった。
「待っていたぞ。アリスティド・ディエ・ココ」
ひやりと、ぞわりと、背筋が凍った。
そんな感覚がアリスティドを襲う。
全身が漆黒に包まれた、氷山よりも冷たそうな瞳――ゼフィールだ。こちらを観察するように壁にもたれ掛かっている。不気味なその視線に、嫌悪感を覚える。
「なんで僕の名前を……」
「フッ、それは後のお楽しみだ。ついて来い、お前らは特別枠だ。俺のな」
ゼフィールはローブを翻し、階段を登っていった。本当について行っても、良いのだろうか? 周りの視線が突き刺さり、いたたまれない。それにいざ許可をもらえても、今までの積み重ねがアリスティドたちには不安材料となる。
悩んだ末、最後尾にいた兵士に目線を送った。ぽかんと、ゼフィールの後ろ姿を眺めている。兵士自身も聞かされていないのだろう。
「あ、あの……本当に大丈夫ですか?」
「ゼフィール様が言うのなら、間違いないとは思うが……」
周りが慌てふためく中、ゼフィールは堂々とした態度で足を止めた。その一つひとつの行動が、腹に槍が突き刺さったような感覚となる。
「おい、なにをしている! さっさと来い、アリスティド・ディエ・ココ」
(頼むから名前を呼ばないでくれよ……)
腹を括り、アリスティドはゆっくり前へ進んだ。
「おまけ付きか。有難い」
アリスティドに聞こえないように、にやりとゼフィールは笑った。




