11.大きめの靴
「申し訳ないが、謁見は明日にしてくれないか」
「……え?」
翌日、午前。王宮の城門に立つ門番の、第一声はこれだった。昨日と全く同じ回答に、アリスティドもナディアも目を丸くしてしまう。
「あの、今日もですか? 書状を預かっているのですが」
ナディアが口にした直後、門番の顔は激しく歪んだ。昨日のことを思い出してアリスティドは、すかさずナディアの前に立つ。長いため息を吐きながら、門番は言った。
「今日は一日中駄目だ。上からのお達しでね。明日また来てくれ」
再び手で追い払われる形で帰れと促される。
ナディアは無言で踵を返した。
「あっナディア! すみません、また明日参ります」
「すまないな」
アリスティドは門番へ謝罪をし、ナディアを追いかける。昨日と同じ門番、言動にナディアはまた怒りを感じているようだった。
「門番はともかく……今日も駄目なの⁉︎ 折角早く来たのに……!」
「ちょっと待ってって、ナディア」
メルを抱えながら、なんとかナディアの腕を掴み制止させる。深海色の髪が、不自然に浮いていたからだ。不機嫌そうに彼女は振り返る。
「なによ」
「多分、魔力漏れてるよ」
「あっ……!」
アリスティドが指差して教えてやると、同じようにメルも右手を挙げた。2人を見た後、ナディアは瞳を閉じる。何度か深呼吸をし、昂った感情を抑えていく。髪は自然の重みを取り戻した。
「ごめん、魔法を使っちゃいけないって言ったのは私なのに……悪い癖ね」
「表沙汰にならないなら、それでいいよ。使ってないのと一緒」
「しょ!」
「ありがとう、気をつけなくちゃ」
ナディアは自身の両頬を強く叩いた。そんな彼女を見てアリスティドも気持ちを切り替える。二度の退散は、少々気が滅入る。
「さて、今日はどうしようか……。メルについて、手当たり次第に聞いていこうか?」
「たいっ!」
腕を上げながら気前良く返事をしたメル。緊迫し始めた空気を、ゆっくり溶かしていった。
◆
次の日の朝。
アリスティドは既に朝食を食べ終え、宿に常設された新聞を読む。メルは無限にパンを食べ、ナディアはその姿をニコニコしながら眺める。
「へぇ、建国祭ってあと3日で始まるんだ」
「……真面目に言ってる?」
頬杖をつきながら、ナディアは呆れ顔で呟く。適当に空返事をして、新聞を読み進める。行方不明者情報欄に、該当しそうな掲載無し。やはり国王に打診して、国全域に情報を流してもらうか……それともこちらで探すべきか。
兎にも角にも、村の掟や預かった手紙もあるので、一番は国王に会うのが早そうだ。
「今日こそ謁見できるといいな」
「そうね。建国祭が近づくたびに、街に人が増えているから……情報集めは大変になるわよ」
さて、結果はというと――――
「ごめんねぇ、今日も謁見できないんだよー」
昨日までの横柄そうな門番と替わり、ふくよかで優しそうな門番の第一声はこれだった。再び謁見することは叶わず、アリスティドは思わず口を開く。
「クラッソ村の神父の息子です。父から国王宛てに、書状をお持ちしております。本当に謁見することは、できないのでしょうか?」
そう言って手紙入りの木箱を見せる。アゴに手を当てながら、門番は覗き込んで木箱を確認した。
「……あぁ確かに、神父様の書状みたいだねー。でもねー。誰も通すなって言われてるんだよ。僕も仕事だからさ、また明日来て!」
困った笑顔で門番は3人に手を振る。メルが、ばーい! と言いながら元気良く手を振り返した。三度目の帰還となり、その足取りは重い。
「僕もうこの階段見たくないんだけど」
「足が浮腫む……嫌……」
「むむ?」
2人の表情が暗いのを見て、きょとんとした顔でアリスティドを覗き込むメル。大きな瞳と目が合い、自然と笑みが溢れてしまう。ナディアもそれを見て心が和み、なんとか階段を降りていく。
「こんなに可愛い子とはぐれてしまったご家族は、さぞ心配でしょうね……」
「よし、決めた!」
アリスティドが突然顔を上げたので、ナディアもメルも驚いた。
「なにを?」
「折角王都に来たんだ、本格的に聞き込みをしよう」
「それが良いわ! 人も多いし、噂話がたくさん飛び交っているんじゃないかしら」
ぽんと手を叩いて、それからナディアはメルの手を握る。出会った頃とは違い、その手は振り解かれることはない。
「ないあ?」
「ナディアよ。ふふ、絶対家族を見つけてあげるからね!」
「うい!」
頼もしい幼馴染たちの笑い声が辺りに響く。アリスティドがその光景を見ながらも、警鐘の如く頭の中で反響したのは、村の掟。
15歳の誕生日に出会った女性を妻とする。
村の歴史として変わらない掟。なぜ僕が? 勝手に決めないでくれよ。抗う気持ちを押し出すように、時間が加速する感覚が身体中を走る。
重い足取りは疲労か、それとも、掟のせいか。城を背にし、2人を追うように駆け出す。まずはメルの家族を見つける。話はそれからだ。
◆
王宮から商業区へやっと降り立つ。
王都へ着いた初日より、格段に人が増えていた。出店はもちろん、大道芸人や宿への呼び込み、音楽団など様々な人が街を埋め尽くす。軽快な音楽に混じって、人々の笑い声が絶えない。改めて建国祭の盛り上がりを目の当たりにする。
「きゃー!」
「メルってば、あんなにはしゃいじゃって」
噴水のある広場にて、少し休憩することにしたアリスティド達。メルが迷子にならないよう、開けた場所のベンチに座った。メルはナディアのお下がりの靴で走り回る。
「メルー! あまり遠くに行くなー!」
「あーい!」
返事はしつつも、徐々に遠くなっていく。追いかけようとアリスティドは立ち上がる。しかし、メルがとぼとぼ歩いて帰ってきた。
「メル、どうしたんだ?」
「たいの……」
履いている靴をしきりに気にしているメルを見て、ナディアも駆け寄ってくる。
「見せてごらん。……あら、靴擦れしてるわ」
ベンチに座り、靴を脱がせるとメルは歪んだ顔を緩めた。
「靴が合わなかったんだな」
「逆よ? あまり歩かないと思って、元々少し大きめの靴を履かせたんだから」
心配しているナディアの横で、アリスティドは森の出来事を思い出した。髪が伸びたような気がする、違和感。
靴が合わなくなる?
たった数日でそんなこと、あるのか。
思考とは裏腹に、アリスの記憶から手繰り寄せるように、銀色の光が脳裏から現れ始めた。
ぞわりとした感覚がアリスティドを包む。
「アリス? 大丈夫?」
はっと顔を上げると心配そうに顔を覗き込まれていた。汗を両手で拭いながら、頭の奥底にそれを追いやる。
「…………うん、大丈夫。ありがとう」
「一度宿に戻りましょうか。靴を何足か持ってきたから」
靴を脱いだメルを、ナディアが抱き抱える。
荷物を渡されてアリスティドが受け取った。
「可愛らしいお嬢さんねぇ」
声のした方に顔を向けると、身なりの良い老婦人がにこにこしながらメルを眺めている。その視線に気付いたメルは、ナディアの胸元に顔を埋めた。
老婦人は小さく黄色い声を上げる。
「光栄ですわ、マダム」
「アタシの若い頃にそっくりで……あら? この子どこかで見たことあるような――」
その言葉に、顔を伏せていたアリスティドは勢い良く反応してしまう。
「本当ですか⁉︎」
「きゃっ」
驚いて重力に身を投げた老婦人を、なんとか支えたアリスティド。
「ごめんなさい、あの、僕たち、この子の親を探しているんです」
「そうだったの! 良いのよ。てっきり貴方達が御両親だと思っていたのだけれど、偉いわねぇ」
「ありがとうございます、それでその……この子に見覚えが?」
会話をしながら体勢を立て直した老婦人は、何かを思い出して鞄を漁り出した。広げられたチラシには、同じ年頃の女の子が描かれている。
「この子に似てなぁい? キャンディちゃんっていう子なのだけれど」
「……人違いみたいです」
「あらそぉ? 力になれなくてごめんなさいねぇ」
そうして老婦人の姿が見えなくなり、うなだれたアリスティドの頭上に拳骨が降り注ぐ。
「ってー……」
「私の手の方が痛いわ。アリス、あなたは宿に帰って毛布でも被ってなさい」
「でもメルの家族を――」
「そんな状態で、一緒にいる私の身にもなりなさいな。怪我させるところだったのよ」
ナディアは魔物のような形相で立っている。
頭に血が上りすぎたようだ。
「……ごめん、頭を冷やすよ」
「そうして頂戴。メルのご家族は、この後私が探します」
ナディアの正論に謝罪をなんとか捻り出し、宿へと帰る。誕生日を迎えたばかりの彼にとって、この数日はとてもじゃないが耐え難いものだった。逃げ出したい気持ちを抑える。
幼馴染が今みたいに叱ってくれる。
あの時出会った幼女が心配するかのように、瞳を見つめてくれる。
その光景を思い出して、ツキリと胸が痛んだ。
(僕は2人に、みんなに――僕になにができる?)
建国祭まで、残り3日。




