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第9話 ムカつく

 魔法省の重厚な門を出て、私は石畳の道に立った。午後の陽光が建物の白い壁を照らし、影を長く伸ばしている。街の散策をしようかと思った…けど、ふと先ほどのリヒトたちの緊迫した様子が頭から離れない。彼らが何をしに向かったのかが気になってしまい、結局、彼らが向かったであろうミルバ通りの西端に行ってみることに決めた。

 道路脇に立つ古びた地図板の前で立ち止まる。錆びた枠に収められた地図は、長年の風雨に晒されて色褪せている。通りが蜘蛛の巣のように複雑に交差していて、目を凝らさないといけないが、運良くすぐに「ミルバ通り」の文字を見つけることができた。指でなぞってみると、ここから北西の方角、歩けば20分はかかりそうな距離だ。

 私は周りを見回してから、右手の先に箒を発現させて跨り、その場所へ向かって飛び上がった。風が髪を後ろになびかせ、街の屋根が足下に広がっていく。野次馬してるのがあいつにバレると何か言われそうなので、バレないようにコソッと様子を見る感じで…。

 目的の場所へは5分くらいで着くことができた。上空から見下ろすと、何やら道に人だかりができている。人だかりの先には、赤い屋根瓦の一軒の家が建っていた。二階建ての、どこにでもありそうな普通の民家だ。言っていたのはあの家だろう。

 私は地面に降り立って、近くで見物している初老の男性に尋ねてみた。男性は不安そうに腕組みをしている。


「何かあったんですか?」


 私は通りすがりの人を装って、さりげなく訊いた。


「そこの家に犬型の魔獣が入ってきたらしくて、家の住人が噛まれて怪我してるらしいんだ。それでさっき、魔法省の保安官が魔獣退治に来てくれたんだよ。まだ捕まえられてないらしいけど、怖いよねぇ…。犬とはいえ、魔獣化したらかなり危険らしいし…」


 男性は不安そうな面持ちでそう告げた。額には汗が滲み、時折家の方を心配そうに見やる。周りの人々も口々に不安を口にしていて、緊張感が漂っている。もう既に魔獣が街の中に入り込んでるんだ…。事態は結構深刻ってことか。胸の奥で、嫌な予感がじわじわと広がっていく。

 ここで私が入ってもただの邪魔者なので、ただただ見守るしかない。人混みの後ろの方から、背伸びをして様子を窺う。時折、家の中から物音が聞こえてきて、その度に見物人たちがざわめく。

 程なくして、玄関のドアが勢いよく開き、リヒト達が家から出てきた。リヒトとペアを組んでいる男性が、仕留めた魔獣が入っているであろう鉄籠を持ち、背中には怪我をした住人の男性をおぶっている。そして、その後ろをリヒトが歩く……が、右腕に白い包帯を巻いており、赤く滲んでいるのが見えた。血が包帯を通して広がっていく様子に、思わず息を呑む。


「通りますんで、道開けてください!」


 男性が大声で見物人に告げ、その緊迫感のある声に、見物人がゾロゾロと慌てて動いて道を開ける。石畳を踏む足音が響く。


「大丈夫か?箒で飛べるか?」


 男性が振り返り、心配そうにリヒトに声をかける。


「大丈夫ですバージさん。戻ったらアリシアさんに治して貰うんで」


 リヒトは痛みを感じている表情を浮かべつつもそう告げる。眉間に皺を寄せ、唇を噛みしめているのが見える。強がっているのは明らかだった。


「すまんな。修復魔法が使えなくて」


 バージと呼ばれた男性が申し訳なさそうに言う。


「いえ、私も使えないですから」


 そんな会話が耳に入ってきた時には、私は既に右手で杖を握っていた。まるで体が勝手に動いたかのように、自然と杖が手の中に現れていた。そして、人混みに隠れながら、杖をそっとリヒトの方に向け、彼の動きに合わせて杖の向きも少しずつ変えていく。魔力を細く、細く、気づかれないように流していく。


「…あれ、なんか痛みがなくなった」


 リヒトの困惑した声が聞こえてきた。彼は不思議そうに自分の腕を見下ろしている。気づかれないうちに離れよっと…。人混みに紛れて、そそくさと歩き始める。これくらいしか私にはできないけど、ちょっとは役に立てたかな。心の中で小さな満足感が芽生える。

 私がそんなことを思って早足で歩いていると―――


「おい」


 背後からリヒトの声が響いた。低く、鋭い声。…やば、見つかっちゃった…。

 私が立ち止まって、ゆっくりと振り返ると、既に右腕の怪我が完全に治っており、包帯も外されていた。そして魔獣が入っている鉄籠を片手で持っていた。彼の鋭い視線が、真っ直ぐ私を射抜いている。


「なんでこんなとこにいんだよ」

「なんでって…散歩してたの」


 私は冷たくあしらうように答える。もちろん嘘。視線を逸らしながら、さりげなく髪を耳にかける仕草で誤魔化そうとする。


「あんたの修復魔法か」


 リヒトはそう言ってきたが、私はそっぽを向いて、返事をせずに無言で突っ立っている。…さすがにバレたか。


「わざわざあんたが治さなくても、アリシアさんに任せとけば良いじゃねぇか。てっきりあんたはそういう人間かと思ってたけどな」


 リヒトは早速私を見下すような視線を向ける。その瞳には、皮肉と軽蔑が混じっている。…ムカつく。せっかく治してあげたのに。


「明日からアリシアさんの手伝いするらしいじゃねぇか」


 急に話題を変えてきた。なんで知ってんのこいつ…。そっか、魔法省の人には私のこと伝えられてるのか…。組織内の情報共有は早いらしい。


「せいぜい足引っ張るなよ」


 侮蔑的な口調が癪に障る。


「うっさい」


 私は顔を背けたままだが、リヒトが見下すような視線を浴びせてることは容易にわかる。肌がピリピリするような不快感を感じる。


「俺は明日から長期出張だ。とりあえず三ヶ月とか言われたな。キャリアは忙しいんだよ」


 自慢げな口調に、また自己顕示欲が出たなと思う。


「……ふーん。良かったじゃん。あんたがいなくなってせいせいするわ」


 精一杯の皮肉を込めて返す。


「次はぜってぇ勝つからな。逃げんなよ」


 リヒトはそう告げると、踵を返し、颯爽と箒に跨って飛んでいった。箒が地面を蹴る音と共に、彼の姿は瞬く間に空へと消えていく。私は振り返り、リヒトの姿が小さくなっていくのを見つめた。

 …ほんとムカつく。カッコつけて。


 でも、なぜか胸の奥に小さな違和感が残る。三ヶ月もいなくなるのか。それを聞いて、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ、寂しいような気がしたのは…きっと気のせいだ。

 私は首を振って、その感情を振り払うように歩き始めた。石畳の道を踏みしめながら、もらったお金で何を買おうか考えることにした。

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