第5話 魔法省の元同級生 前編
私の前に現れた男性―――彼の名前はリヒト。実は魔法学校の元同級生なのだ。
アリシアさんは私とリヒトを交互に見て、物珍しそうな表情を浮かべる。
「リヒトくん、シエルさんの知り合いだったの?」
「まぁ…、魔法学校の時一緒だったんですよ」
「へぇ~、そうだったのね。じゃあ、シエルさんの件、リヒトくんにも手伝ってもらおうかな」
えっ…!?ちょっと待って…!手伝ってもらう…!?無理無理無理っ!!この男だけは絶対ムリ!!この男と一緒に行動するってなったら全速力で地元に帰る!!…っていうか、嫌い過ぎて進路とかまったく聞いてなかったわ。なんで魔法省に入ってるんだよ…。
私があからさまに顔で気持ちを訴えていると、リヒトも対抗するかのように、困り顔でアリシアさんに断りを入れた。
「アリシアさんあのですね…、さすがにそれはアリシアさんの指示だとしても断りますね。別に知り合いだからといって仲が良いとは限らないですよ」
相変わらずむっかつく言い方だけど、事実だし仕方ない。
「そうですよアリシアさん。私はアリシアさんだけで十分です。リヒトくんも忙しいでしょうし」
私はとびきりの笑顔を向ける。…皮肉を込めて。
「はっ…、当然だよ。俺は魔法省の人間だぜ?暇人のあんたとは違うんだ」
むっかあぁぁ!!何その言い方!!今すぐこいつを魔法でブッ飛ばしたい…!
私は笑顔を維持しつつ、完全に青筋浮かべて顔が引きつっている。
「リヒトくん。その言い方は例え知り合いだとしても失礼でしょ」
アリシアさんが代わりに睨み付けてくれた。ありがとうございます…!もう1秒でも早くどっか行けこの野郎…!
すると、リヒトは申し訳程度に軽く頭を下げるものの、まったく懲りずに私に冷ややかな視線を向けてきた。
「すみませんアリシアさん。どうも過去の事を思い出してしまったようで…。あまりいい思い出がないものですから。では、私はこれで」
リヒトはそう告げると、応接室から出ていった。あいつが居なくなったのを確認すると、アリシアさんは困り顔でため息をついて私の方を向いた。
「ごめんなさいシエルさん。気を悪くしないでくださいね」
「いえいえ…!私の方こそ、アリシアさん巻きこんじゃったみたいですみません!」
謝るアリシアさんに私は慌てて謝り返す。アリシアさんはむしろ庇ってくれたし…!
「…リヒトくん、ちょっとプライド高いところあるから…。仕事はそつなくこなすし優秀なんだけど…」
私は苦笑い。魔法学校の時からずっとプライド高いですあいつ。…当然、その時からあいつは私のことを何かにつけて目の仇にしてきた。あいつにとって、私は邪魔な存在だったに違いない。
「でも、シエルさんは首席で卒業したんですよね?ということは、リヒトくんはシエルさんに負けたってことでしょう?」
「…それ、絶対本人の前で言っちゃだめですよ…。あいつ絶対根に持ってますから」
…正直、あまり思い出したくないけど、最後の実技試験は生徒同士で戦うというもので、私はあいつと戦って勝った。あいつはそれが何よりも許せなかったようで、周りに相当当たり散らしていたらしい。
…まぁでも、魔法省に入れたんだし、もう人生勝ち組なわけでしょ。もう今更過去の事とかどうでもいいじゃん。
「でも正直、今でもシエルさんの魔法の腕はリヒトくんより勝ってると思いますよ」
「いえいえ…、彼は努力家ですから、魔法省に入ってからも魔法の腕を磨き続けていると思います。地元でのんびり暮らしていただけの私とは違いますよ」
別にあいつをフォローする気はまったくないけど、あいつの上司であるアリシアさんの気苦労を和らげようと思ったのだ。プライド高い部下を相手するの大変そう…。
すると、アリシアさんが柔らかな微笑みを浮かべた。
「シエルさんは本当に優しいですね」
「なっ…!」
またまたド直球に褒められて、私はもう隠す余裕もなく頬を赤らめてしまう。アリシアさんは私の反応を楽しむかのようにクスクスと笑う。
「もー…、アリシアさん、私の反応で遊ばないでくださいよー」
「ごめんなさい。つい」
アリシアさんは謝りつつもまだクスクスと笑っている。そんな彼女を見て、私も自然と顔が綻んだ。
「そうだ。これから支部長を呼んできますね」
「し、支部長!?そんな偉い方がわざわざ私のためにお会いして下さるんですか!?」
まさかの重鎮登場に私は驚愕する。魔法省の支部長なんて絶対エリート中のエリートじゃん!!絶対に粗相のないようにしないと…。
私のリアクションにアリシアさんは困り笑いを浮かべる。
「そんなに気を張らなくてよいですよ。気さくで話しやすい方ですから」
「いや…でも…!私って気が緩むと失礼なこと言っちゃいそうで…!」
アリシアさんはクスクスと笑い、支部長を呼びに応接室を後にする。
…緊張してきた。別に採用面接受けるわけでもないのに…。――リヒトもどんどんキャリアを積んで、将来的には重役になるんだろうな…。それに比べて私は……。
私は遠い目で天井を見上げる。あいつのことは嫌いだけど…、あいつが私を嫌ってる理由もなんとなくわかる気がする。……はぁ、なんだか息苦しいな。
しばらくすると、応接室の扉が開いて、アリシアさんが戻ってきた。……!ついに支部長が…!
私は背筋をピンと張り、肩に自然と力が入る。
「支部長、彼女がシエルさんです」
入口でアリシアさんが掌を私の方に向けてそう紹介すると、黒地に銀色の横線が2本入った三角帽子を被った、50代くらいの女性が入ってきた。
私はサッと立ち上がって、その女性にお辞儀をする。
「あなたがシエルさんね。わたしはここの支部長のリアーネです」
リアーネさんは自己紹介して右手を差し出してきた。私はぎこちなく右手を出して握手をする。
「し、シエルですっ!よろしくお願いします!」
もうド緊張です…。リアーネさんもそれがわかったようで、ニコリと笑みを浮かべる。
「緊張しなくていいのよ。さぁ立ち話もなんだから座って!」
「あ、ありがとうございます」
リアーネさんのお言葉に甘えてソファに座る私。リアーネさんとアリシアさんもテーブル向かいのソファに腰かける。
「わざわざ遠方から来てくれてありがとうね。どのくらいかかったの?」
「6時間くらいです…」
「6時間も!大丈夫?疲れてないかしら」
「へっちゃらです!魔力の量だけは人一倍あるもので」
私は元気娘アピールをする。…本当は久しぶりに長時間箒に跨ったから疲れてるんですけどね。
でも、リアーネさんが私の緊張を解そうとしてくれているのが凄く感じ取れるので、私もそれに応えようと表情を和らげる。
「若さは最大の武器よ。もう私くらいの歳になると、魔法は使えても体の方が言うこと聞いてくれなくなるのよ」
うわぁ~~…、めっちゃ生の声だ…。熟練の魔女でも、老いには敵わないのか…。
「支部長、今のは返答に困りますよ」
「もう、アリシアは手厳しいんだから~」
アリシアさんから鋭い指摘が入り、リアーネさんは困り笑いを浮かべる。すげーアリシアさん…。支部長にも容赦ない…。
それにしても、魔法省の支部長だから、勝手にリヒトみたいなプライド高い人なのかなって思ったけど…、全然そんなことなくて、人当たりの良い人だなぁ。
「シエルさんは魔女“相当”なのでしょ?」
リアーネさんが痛いところを訊いてきた。うぅ……、なんでまだ魔女になってないのか訊かれたらなんて答えよう…。さすがにリアーネさんに対して、人助けの決まりが嫌だからなんて言えないし…。
「えぇ…、まだそこまでの勇気が無くて…」
私は苦笑いしながら苦し紛れのぼかし台詞を言う。だいたいこれを言えば丸く収まる気がする。
「いいのいいの!人生なんて人それぞれなんだし!」
「ありがとうございます…!」
え…、支部長めちゃくちゃ良い人じゃん…!もうなんか、この人の下でなら働きたいかもって思えてきちゃったよ…。
「でも、アリシアがどーしてもシエルさんを連れてきたいっていうものだから…、わたしもなんだか気になってきちゃったのよ。一体どんな子なのかなって」
「いえ…そんな…」
あまり直球で褒められちゃうと…また照れちゃいそう…。もう今日だけで褒められ回数新記録だよ…。
「でも実際会ってすぐに分かったわ。あなたは凄く優秀な子ね」
イヤァァァ…!もうそれ以上褒めないで…!
―――しかし、次の瞬間、リアーネさんは笑みを浮かべたままとんでもないことを告げた。
「だからね、試しにリヒトと戦ってほしいのよ」
「……え?」
私は一瞬耳を疑った。リヒトと…戦う…?一体何のために…?
「それでどうかしらリヒト」
リアーネさんは視線を変えずにそう告げた。瞬間、私は冷や汗を垂らして部屋の入口に目を向ける。
すると、どこかへ行ったはずのリヒトが部屋の扉を開けて再び姿を見せたのだ。私はビクッとしてしまった。リヒトが冷酷ともいえる視線を私に向けていたからだ。
「支部長がそうおっしゃるなら、私は一向に構いません。ただし…、容赦はしませんけどね」