第3話 人?助け1回目 前編
私は今、箒に跨って空を飛んでおります。もう私の地元は遥か向こう…、あぁ…やっぱりもうホームシックだ…。帰りたぁい…。
「…まだその気になりませんか?」
隣を飛ぶアリシアさんが私に目を向けて尋ねる。…鎖で縛られて強制連行されたので、まったくその気になりません。口には出さないけども。
「…まぁ、旅慣れてないもので…、やっぱり不安に思うこともありますかねー」
とりあえずテキトーにぼかす。正直不安なことしかないよ…。アリシアさんもまだよくわからないし…、これから先どうなるのやら…。
いやいや、人を悪く見過ぎるのは良くないな…。アリシアさんだって上司とかに指示されて来たんだろうし、本当は凄く良い人かもしれない。
箒で飛んでいる間は暇だし、彼女と会話してみよう。
「アリシアさんはおいくつなんですか?」
「21歳です」
「そうなんですね!なんて言うか大人っぽくて、顔も髪も綺麗ですし、羨ましいです。私があと4年で同じ感じになれるとは到底思えないです…」
なんか最後自信無さげに自分を卑下してしまった…。まぁでも事実だし。なんというか貴族と庶民の違いというか、私と住む世界が違うなーって感じがする。
「そんなことないですよ。あなただって十分美人です。それに魔法だって、既に魔女のレベルに十分達しています」
「そうですかね…?一応まぁ魔法学校は首席で卒業しましたけど…、あれもまぐれかも知れないですし」
「まぐれなんかじゃないですよ。先程、わたしを追い払う際に使った風魔法だって、大多数の魔法使いなら、わたしを風で押し飛ばすことしかできないでしょう。…でも、あなたはわたしを風で包んで丁寧に運んでみせました。相当な技量が無ければあんなことできません」
アリシアさんが真面目な表情でべた褒めしてきた。……なんかいきなり褒められて…は、恥ずかしい!
「あ、ありがとう…ございます…。…でも、私が凄いというより、魔法を教えてくれた母が凄いんです。魔法書もわかりやすくしてくれたし、魔法の実技だって、手取り足取り教えてくれて……、私はそれのおかげで上達したに過ぎないんです…」
恥ずかしさを紛らわすためにそう言うと、アリシアさんは微笑みを浮かべて私に近付いてきた。あまりに急だったので一瞬どきっとしてしまった…。
「シエルさん、先程はご無礼なことをしてすみませんでした」
「え!?いやいやそんな急に…!」
アリシアさんが急に謝ってきたので、私は手をワタワタさせて動揺する。もうさっきからずっと恥ずかしい…!
「本当はまだ…話すつもりは無かったんですけど…、実はあなたを選んだのには理由がありまして…」
え…!?…なんかいきなり重要そうな話…?…理由ですか。まさかとは思うけど……。
「理由って…まさか、夢に神様が出てきて告げられたとか…?」
私は苦笑いしながら冗談半分で言った…つもりだった。
…が、アリシアさんは、びっくり仰天な顔を浮かべた。「なんでわかったの?大正解ですよ」って顔だ…。…当たってしまったか。
「実は、私も夢の中に神様が出てきまして…、すっごい性格が軽そうな感じだったんですけど、魔女にならないなら刺客を送るぞって脅されたんですよ」
「刺客……、それってわたしのこと…?」
…しまった。口が滑った。アリシアさんからしたら刺客扱いされたら傷付くよね…。
「…あの、気を悪くしないでください。あの神様、いろいろテキトーな感じだったので、刺客という言葉のチョイスも悪ふざけですよ」
私がそう弁明すると、アリシアさんは微笑みを浮かべた。…その表情を見て、なんだかホッとしてしまった。
「その神様、見た目はどのような感じでしたか?」
「えっと…、真っ白なドレスを着てて、髪は茶色のロングで、顔だけは美人な感じでした」
アリシアさんから神様の外見的特徴を訊かれたので、記憶を辿って答える。…何も間違ったことは言ってない。
「一緒です!やっぱり同じ神様ですね!喋ると残念なところとか!」
「ですよね!見た目だけなら神様って言われても納得しますけど、喋った途端なんだこの神様ってなりましたよね!」
私達は神様の悪口で盛り上がっております。…天罰下さないでね神様。
でも、こういう共通の話題で盛り上がれるのはいいな。話のネタ作りのために、また夢の中に登場してもいいよ神様。
それからしばらく、私とアリシアさんは他愛のない話を続けた。飛び始めてから3時間くらい経ち、ミロルまでの中間地点辺りの森林地帯まで来た時――
「おーい!」
下の方から男の子の声が聞こえてきた。アリシアさんは箒を止めて視線を下に向ける。私もすぐに箒を止めて眼下の森に目をやるが、声の主が見当たらない。……空耳?
「いました」
アリシアさんが声の主を見つけたようで、下の方を指差した。アリシアさんが指差した先は森の中の小道で、私もその方向に目を向けるものの、人の姿は無い…。…けど、目を凝らして見ると、何やら小さい何かが動いているのが見えた。…虫?
「とりあえず降りましょう」
アリシアさんがそう告げたので、私は頷いて一緒に降下していく―――と、虫かなと思っていたものの姿がようやく見えてきた。
それは、掌より少し大きいくらいのサイズの小人のような格好に無色の羽を生やした―――妖精だった。
「妖精!?ほんとにいたんだ…!」
私はこれまで妖精というものを本の中でしか見たことが無かった。しかも人前には殆ど顔を出さないと書いてあったから…存在自体に半信半疑になっていた。けれども、今実際その姿を見れて……感激!
顔は幼い男の子のような感じで、とってもかわいらしい。
「わしは妖精のトッピル。おぬしら魔女さんじゃろ?」
トッピルという名の妖精は地面に降り立った私達を見てそう尋ねる。アリシアさんの格好を見て魔女と判断したんだろう。…私は魔女じゃないけどね。
それにしても、喋り方がなかなか独特ですな。見た目や声とのギャップが…。
「何か困りごとですか?」
アリシアさんが尋ねると、トッピルさんは小道から逸れた木々の奥の方を指差した。
「わしの仲間がはぐれてしまったんじゃ。一緒に捜してほしいんじゃ」
「わかりました」
アリシアさんは二つ返事で引き受けた。…おぉ、早速人助けか。…いや、妖精助け?
「妖精を助けるのも魔女の役目なんですね」
私がアリシアさんの耳元で囁くように言うと、アリシアさんはコクリと頷いた。
「はい。人であろうと妖精であろうと動物であろうと、困っていれば皆助けるのが魔女の役目です」
…なるほど。確かにそりゃそうか。妖精だから助けませんって、すごく性格悪いもんね。動物は……会話できないから難しいけど…。
それにしても…、こんな小さな妖精を捜すのはなかなか大変そうだ。何の魔法を使うのがいいかな…?とりあえず、木の向こうとか茂みの中とかを見やすくしてみるか。
私は右手に杖を発現させて、茂みの方に向かって杖を振った。――すると、茂みや木々の枝がうまい具合に避けて、奥の方が見やすくなった。これを至る所で繰り返せば…、見つかる確率がだいぶ増えるかも。
「さすがシエルさん。細やかな魔法もお手の物ですね」
「えへへ~、それほどでも~~」
またもやアリシアさんから直球で褒められて、素直に嬉しくなってしまった。褒められたらやる気が出てくるのが性というもので、私はすっかり妖精捜しに夢中になっていた。
アリシアさんも杖の先から光を出して、森の奥を照らしてくれる。…あとは、見つかることを願うのみ。
――その時、森の奥から1人の妖精がこっちに向かって飛んでくるのが見えた。
「いた!」
私は声を上げて知らせる。
「さすが魔女さんじゃ!」
トッピルさんも喜んでいる。トッピルさんは私のことを魔女だと勘違いしているけど、なんだかくすぐったいというかなんというか…不思議な気持ちになった。
――あれ?なんか私、魔女になろうって気が出てきてる…?いやいや…!まだ一回助けただけだから!これをあと何十回…いや、何百回とやらなきゃならんのよ。それはさすがに…。
「待って!様子がおかしい」
突然アリシアさんが真剣な表情で声を上げた。彼女の視線は、こちらに向かって飛んでくる妖精の方にピタリと固定されている。不審に思った私は再度森の奥に目を向け―――
「なっ!?」
「助けてくれぇぇぇええ!!」
森の中に響く妖精の助けを求める叫び声。私は驚愕した。その妖精の背後から紫色の体毛の熊みたいな動物が迫っているのが見えたのだ。