第24話 不意打ちじゃねーか
日も暮れて辺りが闇に包まれた中、瓦礫と化した駐在所で、私は座り込んでリヒトが目を覚ますのをじっと待っていた。
「シエルさん!リヒトくん!」
そこに、アリシアさんが箒に乗ってこちらに向かってくるのが見えた。アリシアさんは私の前まで来て箒から降り立つ。
「シエルさん大丈夫ですか!?」
「アリシアさん…!すみません…私…」
心から心配そうなアリシアさんに対して、私は顔を俯かせる。怒りが収まって、こんな状況にしてしまった自分に罪悪感を感じ始めていた。すると、アリシアさんも座り込んで柔らかな笑みを向けた。
「謝らないでください。事情は後で聞きますよ。今はリヒトくんが目を覚ますのを待ちましょう」
私は涙を浮かべながら小さく頷き、そっとリヒトの頭を撫でる。―――ピクリと、リヒトの頭が僅かに動いた。そして、まぶたが動いてゆっくりと目を開いた。
「シエル…?」
「リヒト!良かった…!」
目を覚ましたリヒトの顔を見て、私は思わず涙を溢した。
「泣くなよ。らしくないぞ」
「うっさい…!」
綻んだ表情で私の泣き顔をいじるリヒト。なんだかいつものリヒトが戻ってきたみたいで、嬉しくなって涙をこぼしながらも笑みを浮かべた。
崩壊した建物は、翌朝私とアリシアさんで手分けして修復魔法で直して、完全に元通りとはいかないが、見た目的に問題ないレベルまで復旧することができた。
「はぁ〜…、なんとか直せてよかった…」
私は安堵の息を吐く。駐在所自体はこれからも必要な建物なので、壊して直せなかったらめちゃくちゃ迷惑をかけるところだった。手伝ってくれたアリシアさんには頭が上がらない。
「ほら、ミルクティー」
不意に後ろからリヒトが紙カップに入ったミルクティーを差し出してきた。あまりに突然だったので、びっくりして目を丸くした。
「えっ…?買ってきてくれたの?」
「近くにうまいカフェがあるんだよ。俺は修復手伝えないから、労わないとな」
「ありがと…」
私は思わず視線を逸らして、小言のようにお礼を伝えた。リヒトはフッと笑みを浮かべつつ、アリシアさんにも紅茶の入ったカップを渡しにいく。
「アリシアさんもどうぞ」
「ありがとうリヒトくん。具合の方は大丈夫?」
「えぇ。もう大丈夫です。それより、いろいろとすみません」
頭を下げるリヒトに、アリシアさんは微笑みを浮かべる。
「リヒトくんは何も悪くないし、シエルさんを守ったんでしょ?とってもかっこいいじゃない」
「結局はシエルに助けられましたけどね」
リヒトはそう言って私に目を向ける。私は恥ずかしくなって顔を赤く染め、そっぽを向く。その様子にアリシアさんはクスクスと笑った。
「リヒトくん、支部へは手紙を出しておいたから。また新しいメンバーがここに来ると思う。…あと、パルメ支部にも着任が遅れる旨の手紙を出しておいたの」
「…え?」
リヒトは目を丸くしてアリシアさんを見る。
「まだ新しいメンバーが来るまで時間がかかるでしょ?その間リヒトくん一人に任せるわけにはいかないじゃない」
「賛成です!」
私も笑みを浮かべて同意し、リヒトに近寄った。そして、からかうようにニヤけて見せる。
「私の便利な魔法陣必要でしょ〜?」
「また調子乗ってきた…。別に無かったらないで困らない」
「そんな強がるなって〜」
私はリヒトの背中をポンポン叩く。強がるリヒトはわかりやすくて、弄りがいがある。
「アリシアさん、ちょっと失礼します」
私がからかう中、リヒトはなぜかアリシアさんに断りを入れると、アリシアさんの頭から三角帽子を取ったのだ。ん…?なんで…?
「シエル、ミルクティーこぼれかけてるぞ」
「え!?」
リヒトの指摘に私は反射的にミルクティーの入ったカップに目を向ける――が、こぼれる感じではなかった。
パサッ…
次の瞬間、私の頭に何かが被さった。
「へ……?」
私は慌てて視線を上げて、そばの窓ガラスに目を向ける――と、三角帽子を被った私の姿がガラス越しに映っていた。
「やっぱ似合いますね」
「でしょでしょでしょ!もうほんととってもすっごくかわいいのっ!それでいて気品もあって強くてかっこよくて…!」
「アリシアさん落ち着いてください」
興奮するアリシアさんと冷静な口調のリヒトの会話が耳に入ってくる。え……?なんて……?
私は瞬間的に沸騰して、顔を真っ赤にしてリヒトに迫った。
「な、な、何してくれてんの!?あ、あ、あんた私の頭に何を…!」
「顔真っ赤にする姿もかわいいー!」
この際暴走してるアリシアさんは無視っ!というかそんな余裕がないっ!なんでコイツがアリシアさんの帽子を私にっ!?意味わからなすぎる!
私はすぐさま帽子を取って、押し返すようにアリシアさんの頭に戻した。
「あ〜…、もうちょっと長く見たかったのに…」
心の底から残念そうな声を出すアリシアさん…。もう…アリシアさんってば…。それはともかく…!リヒトだリヒト!女の子の頭に勝手に載っけるとは不届者だこの野郎!
「おいこら!どういう了見だこの!男が女の子の頭になんか載っけるとかおい!」
冷静さなど微塵もないため言葉にまとまりがない。けれど目一杯の文句と威嚇をリヒトに向ける。リヒトの方はまったく効いていないかのように平然と私を見ていた。そして、フッとニヤける。
「今回は俺の勝ちだな」
「なぬっ!?」
勝ち誇る笑みを浮かべるリヒト。勝っただとぉ!?不意打ちじゃねーか!
私は心の中で絶対に負けを認めないのであった。




