第1話 魔女になりたくない私
気付けば周りは真っ白な世界。私――シエルは1人ぽつんと立っている。空と地の境界が無く、自分が立っているのか宙に浮いているのかもわからない。
「はいはーい!そこのかわいらしいあなたー!」
陽気な女性の声が聞こえてきた。私以外にいないだろうから、多分私に向かって声をかけてるんだろうと思い、顔を向けると――純白のドレスを身に纏い、腰まで届くほど長くて、羨ましいほどに艶やかな茶色い髪、そして顔を見れば、女の私でも吸い込まれそうなほど美しい女性が立っていた。さらに視線を上に向けていくと――その女性の頭の上には金色の輪っかが。
「あの…どちら様ですか…?」
「神様ですよぉ」
即答…。しかもドヤ顔になってる…。見た目は確かに神様のような神聖さがあるけど、性格軽そう…。いやいやそれよりも、今私は夢を見ている感じだけど、なんで神様が登場…?
「え……、神様が私なんかに用とかあるんですか…?」
「そりゃあるからこうやってあなたの夢にお邪魔してるわけで」
まぁ確かに…。え……凡人の私に何の用が…?
すると、神様がビシッと人差し指を向けてきた。
「凡人じゃないでしょ!あなた魔女“相当”の魔法使いでしょ!」
心読まれてた…。さすが神様…。
「え…まぁ…一応…」
魔女――それは、その名の通り魔法が使える女のことだが、女で魔法が使えれば誰でも魔女と呼ばれるというわけではなく、ある程度レベルが高くないと魔女と名乗れないルールになっている。
一応私はそのレベルに達しているので、魔女を名乗ることができるにはできるのだが…、魔女を名乗るにはもう1つ条件がある。
「魔女にならないの??」
「…その気はないです」
神様の問いに、私は視線を逸らして答える。…どうせ「なんで?」とか聞いてくるんだろうな。
「なんで??」
…あぁやっぱり。この神様リアクションが予想通り過ぎる…。
「魔女になったら“アレ”やらなきゃいけないじゃないですか…」
「国中巡って困ってる人達を助けまくらなきゃいけないってやつ?」
「ソレですソレ」
魔女になったら、この国の隅から隅まで巡って、困っている人達をとにかく助けまくらなきゃならない―――という意味の解らない決まりが存在する。もはや罰ゲームにすら思えてくる。
なんで普通の人より魔法がうまく使えるからって、そこまでの苦行をしなきゃならないんですかね…。そんなやってたら悟り開いちゃうよ。
それでも、世の中には魔女を名乗りたいがために喜んで人助けに勤しむ方々もいて、人助けこそ魔法の有効利用という風潮が世間一般に浸透している。…まぁ、魔法で争い事するよりかは全然いいけども。
でも残念ながら、私の心は“困ってる人を放っておけない!”なんていう意識高いやつは持ち合わせていないのです。なので、これからもずっと魔女“相当”でいいです。
「ばっかもーーーん!!」
突然、神様が叫んで私の頬を平手打ちした。え……??暴力振るわれた…??
「あなたは自分の心に嘘をついています!!本当は心のどこかで、誰かの役に立ちたいと思っているはずですっ!!」
「いえ、まったく」
即答してやったよ。そんなテンプレみたいな決まり文句に乗せられないぞ。私のこれからの人生は私自身で決める。
「……ふふふ」
すると、突然神様が不気味に笑い出した。えぇ!?怖いこの神様…!
「そう言うと思ったから、刺客を用意したよ。震えて待て」
「えぇ!?刺客…って何!?どういうこと!?」
「それじゃあさよならー」
神様は私の問いかけをガン無視し、一方的に別れの挨拶をして離れていく。……ってそうはさせるか!!
私は右手を勢いよく神様に向けてかざす。……と、神様の離れる動きが一転、引力に引き寄せられるかのように私に近付いていく。
「なっ…!?か、神様に魔法使うなんて非常識だぞーー!」
神様が何やら文句言っているが、そんなの知ったことではない。この神様が一体何を企んでるのか洗いざらい吐かせてやるっ!
私の引き寄せ魔法に抗えるかな…?フフフ…。私は悪役のような不敵な笑みを神様に向ける。
「抗え……られない…!なんて強い魔力…!」
神様の必死の抵抗もむなしく、どんどん私に近付いていく。……勝った。
「さぁ神様、何企んでるのか教えて――――」
ガンッ!!
――次の瞬間、おでこに何かぶつかる音がして、私は夢から覚めた。
視界にはおでこに当たったであろう魔法書があった。辺りを見回すと、そこはいつもの自分の部屋。どうやら寝ぼけてベッドの中で魔法を使ってしまったようだ。
おかしな夢から覚めたことにホッと安堵しつつ、わずかに残る痛みを和らげようとおでこをさする。
すると、ガチャリとドアが開いて、弟のコニーが入ってきた。赤みがかった淡い茶色の短髪に茶色い瞳の、私と顔の特徴が似ている4つ下の生意気な弟である。
「姉ちゃん起きた?」
「ノックしろし」
ノックもしないで神聖な女の子の部屋に入ってくるなんて許さん。魔法で吹っ飛ばしてやろうか…。
「姉ちゃんおでこ赤くなってるぞ。寝ぼけて魔法使って自滅した?」
「うるさいはよ出てけ」
「もうすぐ朝ご飯できるってさー」
私がコニーを追い払おうと睨みを利かせると、コニーはそれだけ告げて部屋を出ていった。
私はベッドから出て、部屋に置いてある鏡の前に立つ。赤みがかった淡い茶色のミディアムヘアに茶色い瞳、子供顔か大人顔かで分類したら子供顔寄りの顔立ちをした少女が鏡に映る。少女と言ってももう17歳です。…確かにおでこ赤くなってる。
パジャマから部屋着に着替えて1階に下りると、ママがパンやスープをテーブルに並べていて、パパは新聞を読んでいた。
「おはよ~」
「おはようシエル」
「おはよう。おでこ赤くなってるぞ」
パパが新聞から私に目を移してそう告げる。…恥ずかしい。
「姉ちゃん、寝ぼけて魔法で本を頭にぶつけたんだって」
「チクるなバカ」
早速チクったコニーに文句を言いつつ、洗面台に行って歯を磨き、軽く髪を整えた後、私も朝食の場についた。
家族みんなで食べる朝ご飯。いつもの光景だけども、今日はちょっと…いやだいぶ違った。
「シエル、そろそろ…魔女にならない?」
「う…」
ママから魔女の話を切りだされたのだ。うう…これは痛い…。ママは魔女で、かつてはあのわけわからんルールに則って人助けをしまくっていたらしい…。
「俺も姉ちゃんが魔女になるところ見たいなー!」
「別に格好は変わらんぞ」
コニーは私が魔女になることで変身するとでも思ってるんだろうか?そんなことはまったくない。…強いて言うなら、魔女になったら三角帽子が被れることくらい。別に被りたいとは…思わないけど。
…それにしても、まさかママから言われるとは思わなかったので、ちょっと返事に困るというか…。あの性格軽い神様が言ってきたなら即お断りするけど、ママに対して同じことはさすがにできない。
「考える…時間を…ください」
とりあえず、その場を凌ぐための苦し紛れの回答。期限は設けない。1年、…いや10年くらい?10年経てばさすがに諦めてくれるだろう。
「悩みがあるならいつでも相談してね。ママ、力になるから」
「…うん」
ママはとっても優しい。そしてとっても優秀な魔女。私がここまで魔法の扱いが上達したのもママのおかげ。ママは自ら魔法書をわかりやすく書き換えたりして、私に読ませてくれた。他にも、小さい頃から魔法を使った遊びなどを一緒にやってくれて、私は楽しく魔法を学んでこれた。
おかげでみるみる魔力の取り込み方も魔法の扱いも上達し、昨年に魔法学校を首席で卒業。首席で卒業したら即座に魔女となって、世のため人のために活躍していくのがお決まりなのだが―――
私は今こうしてのんびりとお家で暮らしている。もちろん何もしていないわけじゃない。魔法を使って家の手伝いしたり、魔法塾という小さい子供が魔法を学ぶ学習塾でアルバイト講師をしたりしている。だから今の生活に不満なんてない。
…まったく、一体どうして魔女になったら人助けしまくれなんていうお決まりが存在するんだか…。そんな使命感みたいなやつ、気乗りするわけがない。
「じゃ、仕事行ってくるね」
「いってらっしゃい」
朝食を食べ終え、パパは身支度を整えて家を後にする。それをママが笑顔で見送る。…いつもの光景。
パパは町の役場に勤めている。…私も将来は役場で仕事したいなぁ。これだって人助けでしょ。なんで国中回らなきゃならんのだ。この国どれだけ広いと思ってるんだ。そんな冒険心ないわ。
…そう、時代は地域密着型なのよ。若者が地元を離れて都会にばっか行くから、地元は活気が薄れてしまう。私はそれを阻止するために地元に残り続けるのだ!…うん、これを理由にしよう。
「俺も行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
コニーも学校へ向かうために家を出る。コニーは残念ながら魔法使いの素質が無いため、魔法学校ではなく普通の学校に通っている。別にだからと言って世の中生きづらいなんてことはまったく無く、魔法が使える者も使えない者も皆平等に生きている。
…だから尚更意味わからん。なんで魔女だけ苦行を強いられなきゃいけないんだ…。…もうさっきからそのことばかり考えてるな私。とりあえず皿洗いしよ。
私は右手に細長い杖を発現させて、杖をテーブルに残された食器に向ける。…と、食器が勝手に積み重なっていく。ある程度積み重なったら今度は杖を台所に向け、食器を移動させていく。食器を台所に運び終えたら、スポンジに魔法をかけて食器を洗っていく。
こういう家事はだいたい魔法でできる。…ただ、地味に見えて意外と魔法のかけ方や魔力の調整が難しく、魔法の修行にはもってこいだったりする。私も一体何枚の皿を割ったことか…。まぁ割っても修復魔法使えばいいんですけどね。
ちなみにママ曰く、修復魔法も完全に元通りになるわけじゃないらしく、どうしてもヒビなどが入った箇所は直した後も劣化しやすかったり弱点部になるようで、何もしていないのに突然皿が割れちゃうことも。…まぁ、魔法も万能じゃないってこと。
食器を洗い終えたら次は洗濯物を干して…と。
コンコン
玄関のドアをノックする音が。郵便屋さんかな。
「はーい」
ママが玄関に向かってくれたので、私は食器洗いを継続させる。――少しすると、ママが手ぶらで戻ってきた。…あれ?郵便屋さんじゃなかった?
「シエル、あなたに用があるって。魔法省の人が」
「……え?」
魔法省の人…!?そんなお偉いさんが…一体何の用で……?
私は突然の来訪客にびっくりするのだった。