第七話
季節は巡り、紅葉は散り、裸の木には真っ白い雪が積もっている。
重みに耐えきれず下を向く枝からどさりと雪が落ちて、王華の頭に衝撃を与えた。
「うわっ!」
「何やってんだよ。だせーな」
「うるせー!」
てっちんの罵倒に、ずずっと鼻をすすりながら答える。
赤くなっている鼻先が寒さから痛みを訴えているが、きっとこれを言っても馬鹿にされるだろうと気軽には口に出せない。
「てっちんの父ちゃん、最近ばあちゃんとこ来ないんだよな。商売順調なの? それとも他の都行っちゃったのかよ」
「いやー、あの話さ、オレが魔獣に襲われてから、なくなったっぽいんだよな。真守が、父ちゃんが魔獣に殺されるって泣きわめいてさ……」
真守。小柄で可愛い、てっちんの妹だ。
「あの時もすげー泣いてたもんな」
真守は出会った時から、重度の兄大好きっ子だった。
今までずっと兄にくっついて遊びに出ていたのに、兄が魔獣に襲われて以来、ぱったりと姿を見せなくなっていた。
よっぽど怖かったのだろうとは察していて、今まで王華は何も聞かずにいたのだ。
どうやら想像以上に心が傷付いているらしい。
「ずっと家の中にこもってるぜ。オレが遊びに出るのも引き留めようとしやがって、振り切るの大変でさ。困っちまうよな」
「仲いいよな」
「仲はいいけど。とにかくあの日から外が怖くなっちまったみたいだ。どこにも安全なところはないんだ! つって、ずっと泣いてさ。あんなんで結婚とかできんのかな」
「真守なら引く手あまただろ。お前に似ず可愛いんだから」
「わかってねーな。オレも可愛いとこあるんだぜ? ほら、こういう角度とか、どうよ?」
「全然」
「ちっとは可愛がれや」
てっちんが妹をとても心配していることに、王華は気付いた。
態度にこそ出さないようにしているが、瞳がそう物語っているようだったからだ。
「真守には感謝してんだよ。ハンター呼びに行ってくれてさ」
脈絡なく、てっちんが言う。
遠くを見つめるその瞳はきっと、あの時の魔獣を映しているに違いない。
「オレが生きてんのは王華と真守のおかげだ。もう一回ちゃんと礼言わせてくれ。ありがとうな」
真面目な顔をしているてっちんは久しぶりに見る。
照れくさくなってしまった王華は「そんなのいいよ」と鼻の下をこすった。
その気持ちを隠すように、話題を変える。
「真守じゃねーけど、ばあちゃんもあの時からちょっと違っててさ」
言葉にした時、王華はふと気付いた。
あの日の祖母は、王華に「川辺に行くな」と言わなかったと。
今更ながら思う。
もしかして、全部が全部見えているわけじゃないのだろうか。
そんなことを考えながら王華は言葉を続ける。
「オレが出かけるの心配そうだし、それに、反対されたんだよな」
「何を?」
「ハンターになりたいって言ったら、危ないからだめだって」
「ま、そりゃそうだろうな。かっけーけど危ない仕事だろ。オレは反対されるのわかってたから、ちゃんばらにハマってる、くらいしか言ってねーや。家族にはさ」
てっちんは意外と色々と考えている。
王華はてっちんのこういうところを、少し尊敬していたりするのだ。
「お前のばあちゃんが反対してたって、ちゃんばらくらいいいだろ? 強くなることは危ないことじゃねーんだから。だからお前はこれからもオレとのちゃんばらで強くなって、んでオレだけハンターに……」
「ずりーぞ!」
「だってお前は、ばあちゃんの言うこと全部聞くいい子ちゃんなんだからしょうがねーだろ。諦めろ!」
「ばあちゃん思いって言え!」
そんな話をしていると家族が恋しくなったのか、それとももう日暮れだからか。
一言「帰る」と言ったてっちんは、笑顔で片手を上げて背を向けた。
「じゃあな!」
「おう!」
走って帰るてっちんの背中は、家に帰って愛しの家族に会うのが楽しみだと雄弁に語っているようだった。