第五話
何かぬめぬめとしたものが足首に触れた。
続けて先程感じた、張り付くような感覚。
その次の瞬間、川の中へと体が強い力で引きずり込まれていた。
「うわぁぁぁ!」
水中に沈む直前に見えたものは、てっちんの恐怖に歪んだ顔だった。
すがるものが何もなく、水の中へと引きずり込まれた王華は、必死にもがいた。
けれどそんなものは意味もない。
自分の口から出ていく気泡は、段々と小さく少なくなっていく。
いつの間にやら上半身にまとわりつき、目の前まで来ている醜い顔を見つめる。
その魔獣は、王華が顔を歪めて苦しんで、恐怖しているのを喜んでいるようだった。
にたりと歪められた口元がそれを物語っている。
先程のように叩けやしないかと両手を振り回してみるも、水の抵抗で思うような速さが出せない。
必死に掴んだ魔獣の腕に一瞬その化け物がたじろいだが、引き離せはしなかった。
先程見た周りの大人たちの様子では、助けなど来るはずもないだろう。
期待するだけ無駄である。
息苦しさに意識が遠のきかけたその時、何か光るものが体の近くをかすめた。
剣だ。それも、大きな。
水の中なのにその剣は、寸分の狂いもなく魔獣を貫いた。
水が黒く染まる。
続いて、力強い手に腕を掴まれ、身体が上へと引っ張り上げられる感覚。
「ぶはっ……!」
水から顔を出した瞬間、王華は大きく息をした。
生きている。
助かったのだ。
「ハンターだ!」
「ハンターが来た!」
周りで叫ぶだけだった大人たちが、安堵したような声で言っていた。
「兄ちゃん!」
川辺ではてっちんに駆け寄る妹の姿が見える。
地面に這いつくばってげほげほと咳込みながらその光景を眺めていると、上から声が降ってきた。
「大丈夫っスか?」
声をかけてきた人の姿は上から下までびしょ濡れで、きっとこの人が助けてくれたハンターなのだと察した。
そのハンターは王華とそう変わらない年頃の少年だった。
こんがりと焼けた肌に白いねじり鉢巻きが印象的だ。
「うん、大丈夫。……あり、がとう……」
少し呼吸が落ち着いてからそう返すと、大きな剣を担いだ少年は、太陽のような眩しい笑顔で王華に話しかける。
「さっきの、魔獣吹っ飛ばしたの、すっごかったっスね!」
「あれは、その、必死で……」
ハンターから褒められるなんて光栄なことだ、と王華ははにかんで頭をかいた。
水分を吸い込んで重たくなった髪の毛が、頭皮や首に張り付く感覚が気持ち悪い。
「おいお前、その力……」
王華を助けたハンターとはまた違うハンターが、後ろから会話に割り込んでくる。
その声の方へと顔を向けた時だった。
「王華!」
また違う方向から声が聞こえる。
慌てたような、泣きそうな、聞きなれた声だけど、聞きなれない声色。
そこには王華へと走り寄る祖母がいた。
騒ぎに駆け付けてきたらしい。
いつも川のあたりで遊んでいる王華に、嫌な予感でもしたのだろう。
勢いのまま抱きしめられて、嬉しいような恥ずかしいような、こそばゆい気持ちに「ばあちゃん……」と呟く。
何かを言いかけていた暗い髪色のハンターはその光景を見て口を噤み、続けることなく他の仲間のところへと行ってしまった。
「他にもいないか確認して駆除しておきますね」
また別のハンターの声がその場に響く。
どうやら駆け付けたハンターは五人組のようだ。
魔獣もそうだが、ハンターも見るのは初めてである。
なので祖母の腕の中からだが、物珍しくてじっと見つめてしまうのは仕方がない。
視界に収めたその人たちは、すらりとして背が高いが、まだ幼さが抜けきっていない青年だった。
集まっている人々が何やら黄色い声を上げて騒いでいるのはきっと、人気のあるハンターギルドのハンターだからなのだろう。
魔獣を探すハンターたちを興味深く眺めていると、ようやく抱擁から解放される。
そのまま祖母に強く手を引かれ、後ろ髪をひかれるように王華はその場を後にした。