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第四話




 声もなく沈んでいくてっちんの姿に、王華は目を見開いた。

 近くにあった大きめの岩にしがみついて危機一髪水上に残っている上半身は、時間の問題で沈んでしまうだろう。


 駆け寄って掴んだてっちんの腕にほっとしたのも束の間、目に映ったものに心臓が竦んだ。


 小さな醜い顔が、水中からこちらを覗いている。

 暗い水の中で、怪しい光を放つ二つの眼球が、じっと王華を見つめていた。


 ぞわりと寒気が王華の背骨を駆け抜けた。


 祖母が常日頃から恐れていた化け物――魔獣。

 それを実際に見るのは初めてだったが、きっとこれがそうなのだと直感した。


 腕だと思われるものがてっちんの胴体にまとわりついて、川の中へと引きずり込もうとしている。

 感じた純粋な殺意が、王華にも確実に向いている。


「魔獣だー!」

「魔獣が出た!」


 周りではひたすら距離を取って少年少女たちが叫んでいる。

 騒ぎに気付いた大人たちが遠巻きに「ハンターを呼んで来い!」と叫んでいるのをどこか遠くで聞いていた。


 魔獣――それはこの世界に生息する化け物の総称である。


 基本的にそれらは普段都内には現れない。都には結界が張られていて、入ってこられないようになっているからだ。

 けれど時々、川や空などの結界の抜け道から入ってきて、人間を襲う。


 魔獣の食事は、人間だった。




「うわぁぁー!」


 てっちんの体がひときわ深く川へと沈む。


「てっちん! 絶対、離す、な……!」

「王華……!」


 恐怖に目を見開いて叫ぶてっちんの手を握って、力の限り引き上げようとするも、引き上げるどころかこれ以上沈み込ませないようにすることさえ難しい。


 魔獣の力は強かった。

 人間の子供ではとても太刀打ちができないほどに。


「くそっ、だれか……!」


 助けが欲しくて周りを見渡すも、子供はおろか大人たちでさえ遠巻きにただ見ているだけで、助けに来ようとする気配もない。


 魔獣を倒せるのはハンターだけだ。

 そんなことはわかっているが、今ここで何もしないなんてできない。

 少なくとも、この中で王華だけはそうだった。


 ずるずると次第に引きずられていくてっちんの胴体にまとわりつく魔獣の緑色の腕は、驚くほど長い。

 腹を二周ほどしているように王華には見えた。


 やつらは人間とは全然違うという。

 もしかしたら腕が三本あるのかもしれないし、水中に隠れた体は細い腕から想像できないほど大きいのかもしれない。


 どんな姿形をしているのか想像するだけで恐ろしい。


 恐ろしい魔獣は、その緑色の長い藻のような細い腕で着々と、てっちんを深い水の中に引きずり込んでいっている。


「たす、けて……!」


 涙ながらに必死に叫ぶてっちんの体は、今や肩から上しか水上に出ていない。


 片手でてっちんの手を握り、もう片方の手で岩に掴まり耐える王華だが、水で手が滑ってしまって、もう限界が近い。


 そんな王華の心中を知ってか知らずか、てっちんの体にまとわりつく醜い緑色の魔獣がいやらしく笑った。

 開いた口からのぞくギザギザとした小さな歯は鋭く、噛みつかれたらきっと痛いのだろう。


 ぞっとしたその時、緑色の細長い腕がてっちんの胴体をぐるぐると伝って、腕、そして王華が掴む手へと伸びた。

 まるで引っ掻くように掴まれたそこに、じわりと血がにじんだ。


 魔獣の腕が王華の手から腕へと絡まり始める。

 ピタピタと張り付く感覚が広がっている。


「うわぁ! やめろ! はなせ!」


 一瞬で混乱状態に陥った頭で、それでも友の手は離さない。


 畳みかけるように水中から顔を出し王華に噛みついた魔獣は、王華を完全に邪魔者認定しているようだ。

 ギザギザの小さな歯が柔らかい腕の肉に刺さっている。


「いっ、てぇ……っ!」


 恐怖に支配された頭の中、痛みに顔を歪めながら、王華は思わず魔獣をはたいていた。


 てっちんの手は絶対に離さない。


 けれども反対側の、岩に掴まっていた手は放してしまった。

 これでは諸共引きずり込まれる。


 時が。心臓が止まったような感覚だった。




 けれどそんな王華の目がとらえたのは、余程痛いところを突いたのだろうか。

 はたいたことにより吹き飛んでいく魔獣だった。


 飛ばされて遠くの川辺に落下した魔獣を見て、今のうちだと、てっちんを慌てて水中から引っ張り出す。


 周りを取り囲んでいた人々が叫び声を上げながら、飛ばされた魔獣から距離を取ろうと騒いでいた。




「……はぁ、っ……王、華、……あり、がとな……」

「いいって、こと、よ……」


 お互い息も絶え絶えで川辺へと這い上がり、その場にへたり込む。


 先程の魔獣は撃退した。

 撃退出来て、心の底から安堵した。


 だから思いもしなかったのだ。

 まさか二匹目がいるなんて。





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